疑心暗鬼

うつかもしれないという人に対して疑心暗鬼になってしまう人へ

苦しいことを数多く乗り越えてきた人は、精神的に強くなっていきます。しかし強くなっていく時に、自分を基準にして考えてしまう人と、多くの価値感を踏まえて物事を捉える人の二つのタイプに別れる事もあります。

自分を基準にして考えてしまう人は、自分が出来たのだから当然周囲の人もできると考えてしまい、周囲の状況を適確に判断できなくなってしまうことがあります。逆に多くの価値感を踏まえて考える人は、その人の感じ方を考え行動に移していくことになります。

どちらも長所と短所があり、どちらか一方の特徴が強すぎる場合、適切な判断が出来なくなってしまいます。うつ病に関しても同じようなことが言えると考える事もできます。うつ病の理解は比較的最近広まってきたものであり、うつ病への理解がされていなかったころに、今のうつ病と呼ばれるような体験を、軽い症状であってもしてきた人は、今現代でうつ病を抱える人に対して大きな疑問を持ってしまうことも多いです。

自分が踏ん張れてきたのに、今の若い人は情けないと感じてしまうこともあるかもしれません。確かにそのようなことは言えるのかもしれませんが、そのように疑いの気持ちを持っていてメリットはあまりないと言えるでしょう。

うつの症状を抱えている人を追い詰める事になり、自分自身うつの理解から遠ざかってしまうことになります。またうつの理解が広まっていなかった時代とは現代は大きく異なっています。自分のストレスを発散する場所は少なくなっている事になります。その影響は自分自身に及ぶ事もあり、うつ病に疑いの気持ちを持っている人がうつの症状を抱えてしまうこともあります。

うつ病に対して疑いを持ってしまう気持ちをなくしていくことはなかなかできることではありません。ましてやうつ病の疑いがある人への理解は非常に難しいものがあると言えます。しかし目の敵にすることは自分にとってもデメリットが大きいということを意識して、少しでもうつ病への理解を示していくことが大切になると言えます。

うつかもしれない人というのはある意味うつ病に至る前にしっかりと治療していける人ということになります。うつ病になる必要がない人を、疑いをもってしまうことでうつ病にしてしまうのは、自分にとっても相手にとってもあまりにも悲しい事になると言えるでしょう。うつかもしれないという人がいる場合、逆にうつを防ぐ為のチャンスと考えて行動していくことが必要になります。