生き方

その物差しは誰のもの?間違った『生き方の基準』はうつのもと!

うつ病になりやすい人はしばしば『がんばりが足りない』『もっと努力しないと』と思う傾向にあります。
ですが彼らは何を基準にそう言うのでしょう。その『足りない』は何と比べて足りないのですか?
あなたは自分の生きる基準を、きちんと自分の物差しで計れていますか……?

(『他人基準』と『自分基準』)
人は物事を判断する時の材料として、『他人基準』と『自分基準』、二つの物差しを持っています。
『他人基準』は他人の目から見たときの評価など。いわゆる世間体や人からの評価ですね。
『自分基準』はそれらに関わらず、自分自身が大切だと思うもの。
この二本の定規をうまく使い分けて物事を判断しながら、人は生きているわけです。
しかし実際のところ、この定規の使い方を誤っている人がたくさんおり、そういう人は他人をうつ病に追い込んだり、またはうつ病にかかりやすくなったりしてしまうんですよ。

(『他人基準』に合わせる人はうつ病になりやすい?)
うつ病になりやすい人は、この『他人基準』に自分を合わせがちな人が多いように見受けられます。
他人からの評価、『もっとがんばれ』という言葉……そのような物に敏感に反応し、『もっと頑張らなくては』と無理をして、自分の体と心の悲鳴を聞き逃しがちになってしまうのです。
さらに、他人の評価の型に自分を当てはめようとした結果、できなかった自分がひどく駄目なものに思えるなど、自尊心も失いやすくなり、よりうつ病にかかりやすい状態となってしまいます。
あなたが『こうでなくては』と思っている理想像、本当にあなたの定規で測った結果のものですか?
他人の基準を押し付けられた結果、できてしまったものではないですか?
うつ病にかかりやすい人は、『他人基準』を本来『自分基準』がある場所に置いてしまい、それに気がついていないことがあります。
どうですか? もう一度自分の心と向き合って、自分の物差しについて考えてみてください。

(『自分基準』に他人を合わせようとする人はうつを作り出す?)
逆に、この定規の使い方を誤って他人の心を追い込み、人をうつにさせてしまう人もいます。
それは『自分基準』でしか物を見ることができず、他人を全て自分の定規に合わせてしまおうとする人。
『私が気に入らないから』お前は駄目な奴だ、『私より努力が足りてないから』もっとがんばれ、『私が困るから』言うことを聞け、などといった場合です。
私はそんなことしないもん!というあなた、よく考えてみてください。これらの行為は無意識のうちに行われているものなのです。
周囲にちやほやされ、自尊心ばかりが巨大に育ってしまった人、または窮屈な環境で育てられ、鬱屈した心が攻撃的に外に向いてしまった人などに、こういう人が多いように見受けられます。
他人はあくまでも他人。周囲の全てを自分の都合よく変えるなど、どだい無理な話です。
なのにそういう人はそのことにすら気がつかず、自分の思い通りにならないことを『だめな世の中だ』などと外部への攻撃で示すことも多々あります。
こういう人が、前述のような他人基準に合わせがちな人を攻撃してしまうと、相手をうつにしてしまうことも……。
もう一度、自分の物差しに無理やり相手を当てはめようとしていないか、心に聞いてみてください。

(『自分基準』で上手に生きることがうつの心を作らない第一歩)
人は一人ひとり、生き方も考え方も、体や心の限界も違います。
それらの一つ一つに、いわば『自分基準』が存在すると言えるでしょう。
にも関わらずそれらを他人の基準に当てはめようと必死に努力してしまうと、当然疲れ果ててしまいます。
自分を殺して別の形のものに無理やり当てはめようとしているのですから。
大切なのは、『あなた自身が大切に思うもの』を基準として生きることです。
誰かから与えられたものではなく、自分で見つけた『これだ』という基準のもとに物事を判断し、生きていくこと。
それは決して自分勝手だとか我侭だとか、そういうことはありません。それが本来の人の生き方です。
他人基準の物差しは、必要なシーンでだけ使えば良く、普段はしまっているもの。それに気がついていない人がたくさんいます。
まず、そのことに気がつき、自分の基準を明確化すること、そしてそれらはあくまで判断の基準であり、他人をその定規に沿うよう変えることはできないことをよく知ることが、お互いに傷つかず生きていく一歩と言えるでしょう。