完璧

オール・オア・ナッシングは脆いもの!?うつになりやすい完璧主義者

完璧主義者――その言葉にはなんとなく凛としたイメージがありますが、その実情はどうなのでしょう。
ゼロか100かのオール・オア・ナッシングの考え方は、時として窮屈ではないのか……なんて思うこと、ありませんか?
実を言うとうつ病患者の中に、このゼロか100かの完璧主義者が多くいるのです。
しかも、本人は無意識であることが多い実情が、事態をよりややこしくしてしまうという状況。
あなたはどうですか? 完璧主義の考えに捕らわれすぎてはいませんか?

(完璧でないことに戸惑い、恐れる)
うつ病を引き起こすような完璧主義者は、一見完璧で主義であるようで実は深い恐れの心があります。
『失敗してしまったらどうしよう』『うまくやらなければ』そんな、一種の強迫観念とも言える『完璧でなくてはならない』という考えに捕らわれて、失敗を極端に恐れ、人目や他人からの評価を非常に気にします。
そして彼らは、常に完璧であろうと必死に努力します。
それは他人から見ると『どうしてそんなことを一生懸命やろうとするのか』と思えるほど、些細なことかもしれません。
ですが本人はそれを完璧にこなそうと必死です。失敗は彼らにとって怖いことだからです。
彼らにとって失敗はゼロ、そして成功すれば100……のはずですが、たとえ成功したとしても、どこかに失敗はなかったか、極端なまでの粗探しをしてしまうのが、困ったところです。
失敗が怖いからこそ、どこにも粗がないことを何度も確認して、結果それが粗探しになるのです。

(対人関係にまでオール・オア・ナッシング)
このような完璧主義者は、対人関係にもそれを持ち出すことがあります。
しかしゼロか100かの人間関係というのは、対人トラブルを非常に引き起こしやすいといえます。
『一切の付き合いを絶つか、家族のような親しさを求めるか』といった、極端な付き合い方しかできないため、他人との距離をうまくはかれずトラブルの原因となってしまいます。

(完璧を求めすぎて陥るうつの罠)
上記のような極端な完璧主義者は、失敗を恐れるあまりに完璧を求め、それ故非常に気疲れしやすい状態にあります。
常々『うまくやらなければ』と気を張り、自分のしたことの粗探しを細かに行って、その結果些細な失敗に気がついて落ち込む……といった行為を繰り返している彼らは常に疲弊しています。
また、他人から見たら本当に些細な失敗でも彼らにとっては『ゼロ』になってしまうため、『自分は何もできない人間だ』『だめなやつなんだ』と思い込みがちで、非常にうつ病を招きやすいと言えるでしょう。

(完璧主義になってしまう悲しい背景)
では何故、そんな完璧主義になってしまうのでしょうか。
本人の元々持っている気質的なものもありますが、完璧主義者の多くは小さい頃に『失敗が許されない』状態で育った傾向があります。
厳格で完璧であることを両親から求められたケースや、『いい子の私』でなければ親に振り向いてもらえなかったケースなど、完璧主義の裏側には悲しい子供時代の背景が眠っていることが多いのです。
そうした環境で育った子供は『自分はできる人間でなくてはならない』『失敗は許されない』『全て完璧でなくてはならない』など歪んだ物の見方しかできず、成人してから非常に生き辛い、厳しい状態に置かれるわけです。

(何事も『ほどほど』くらいで丁度いい)
完璧主義なあなたへ、よく考えてみてください。
何故あなただけが完璧でいなくてはならないのでしょうか。
あなたの周囲にいる人たちは、それほどまでに完璧ですか? そうではないはずです。
なのにどうしてあなただけが……?
『完璧でいないと意味がない』という考えに捕らわれ、視野が狭くなっている時には気がつきにくいものですが、一歩引いたところで他の人たちと自分を比較してみましょう。
そして、何故自分は完璧を求めてしまうのか、その理由を考えてみてください。
その基準は誰かに求められたわけではなく、あなた自身が作り出し、自分で自分の首を絞めているものではありませんか?
失敗がないことは素晴らしいことですが、失敗しても人はそこから学ぶことができ、ゼロではありません。
また一度失敗したからといって、この世界の全ての人から軽蔑されることもありません。
それどころか自分の基準にガチガチになることで、人から敬遠されてはいませんか?
人生『ほどほど』くらいが丁度いいもの。あなたの完璧主義は、本当にあなたが望んだものなのか、あなたにとって必要なのか、もう一度考えてみてくださいね。