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うつ病は『心の風邪』? 患者を軽く見るのは重症化への第一歩!

うつ病のことをよく『心の風邪』と言いますよね。
誰でもかかる可能性のある、心の病気としては入り口のような、どことなく軽いイメージ。
でも待ってください、あなたは『風邪は万病のもと』という言葉を聞いたことありませんか?
今日は、『うつは心の風邪』に秘められたもう一つの深い意味について、考えて頂けたらと思います。

(心の風邪は心の万病のもと!)
風邪に例えられると、なんだかそれほど深刻に考えなくてもいい、しばらく治療したら誰でも治るような、そんな気持ちになってきますよね。
患者やその家族の方が、そうやって前向きに病気と向き合うことは、確かにとても大切なこと。
ですがそこで病気そのものを軽く見て放置してしまうと、病気を悪化させる一方になってしまいます。
風邪が悪化するとどうなりますか? 肺炎になって人によっては入院することさえも……。
心の病気だってそれと同じこと。初期の段階で治療できれば復帰も早くできますが、悪化して心が奈落の底の底まで落ちるほど疲弊してしまうと、うつ病に伴う症状もそのぶん多く出てしまいますし、治療や社会復帰にもそれだけ時間がかかってしまうんです。
早めに正しく治療をすれば『心の風邪』で済みますが、放置しておくと『心の万病のもと』になってしまうのがうつ病です。
『前向きにとらえる』ことと『軽く考える』ことは全く別物。そこを間違ってはいけません。

(放っておけば死に至る……うつ病の本当の怖さ)
うつ病は場合によっては死に直結する病気であると、あなたは知っていますか?
何故体が悪いのではないのに、いきなり死に直結してしまうの?と思った方、よく考えてみてください。
日本では近年、年間三万人近くもの方が、自らの手で死ぬことを選んでいます。
そう、うつ病の果ての最悪の結末として待っているもの……それは『自殺』。
人は複雑な心を持つが故、その心次第で自ら命を断つことのできる生き物です。これはとても重大なこと。
なぜならうつ病はその複雑な心を疲れさせ、正常な判断能力すらも奪ってしまう病気だからです。
人が正常な判断能力を失ってしまったら、果たしてどうなるでしょう。突発的な衝動で……という可能性が、格段に上がってしまいます。
うつ病の怖さはここにあります。動くのも億劫で、布団から出ることすら面倒に感じる患者が、突然『このまま生きててもしょうがないな、死のう』と思って行動してしまうことだって、十分ありえるのです。
そんな病気に『誰でもかかるかもしれない』って、とても軽く考えられるようなことではないと思いませんか?
不必要に恐れることはありませんが、放置すれば深刻な事態を招くものだと、改めて知っておくことはとても大切です。

(うつ病患者の抱える混沌)
うつ病のはっきりした原因や『うつ病である』と判定する科学的な方法は、まだまだ研究段階です。
それに、最近やっとうつ病がどんなものか広く認知され始めてきましたが、その一方で『怠けてるだけじゃないか』という偏見も完全には消え去っていません。
また、仕事をしながらうつ病を治療したい人に対する企業側のサポート体制も整っていないのが現状です。
うつ病の患者には、病気となった原因のストレス以外に、病気になってしまったが故に抱えるストレスがあります。
仕事を続けられるだろうか、職場に、家族に病気のことを打ち明けても大丈夫だろうか、もう仕事を続けられそうにないけど生活はどうなってしまうだろうか、いつになったら治るのだろうか……。
これらの新たに抱えたストレスは病気である以上解決しないため、患者は不安を抱えたまま治療をすることになります。
ストレスがかかりすぎてボッキリ折れてしまった心を、別のストレスを抱え込みながら治していくわけです。
これが患者本人にとってどんなに大変なことであるか想像できますか?
彼らが抱える泥のような混沌は、決して軽いものではないのです。

(できることならこうありたい理想)
社会のしくみが整っていないことへのストレスや偏見の目が、患者にとってどれだけ治療の妨げになるか、そこまで考えて患者と接することのできる人は、うつ病の経験者か医療関係者でないと難しいのではと思います。
ですから、ほんの少しでいいのです。患者にあなたの優しさを。
必死に病気と戦う人を笑わず、見下さず、罵らない優しさを、どうかうつ病の患者にも持って頂けないでしょうか。
難しいことではありません。『うつ病も病気である』という認識ひとつで、患者との接し方は大きく変わるはずです。
そして患者自身は、決して事態を深刻に考えすぎず、『いつか必ず治る風邪のようなものだ』と病気を前向きに受け入れて、治療に専念していくことがとても大切だと、そう思います。