期待

『コレ』をやめれば生きやすくなる!?『期待』をしない処世術!

うつ病になりやすい性格の傾向として、真面目すぎたり他人に心を砕きすぎたり、といったものがあります。
他人の期待に応えられない自分を『だめな人間だ』と思い込んだり、期待に応えられないことを責められるのを恐怖と感じたり、何かと『生き辛さ』を抱えがちな性格。
ですがちょっと待って、その『期待』は果たして誰のため?
今回は『期待』する心に着目し、より生きやすくなる処世術について考えてみましょう。

(その期待は『誰のため』のもの?)
『期待する』ことは一般的に『よりよい状態を望んで待つこと』ですね。
宝くじを買って『当たるといいな』と思ったり、好きな人に告白をして『OKだったらいいな』と思ったり。
期待する行為自体は誰しもありますし、また親や先生、上司、友人たちからの期待を浴びて人は生きています。
ですがここで大切なのは、『期待』する行為は、期待される相手のためではなく、期待する人自身のためだということ。
こちらが相手に期待をしても、必ずそれに応えてもらえるとは限りません。
また、これがとても大切なことなのですが、必ずしも期待に応える必要もないのです。
そこを間違えてしまう人が多いからこそ、すれ違いが生じて衝突してしまうのです。

(『期待』に必ず応える必要はない)
うつになりやすい人は、他人に期待されると『私ががんばらないと』とついつい力を入れすぎてしまう傾向にあります。
ですがここでよく考えてください。
人に期待されるのは時に嬉しいことですが、果たしてあなたに向けられている『期待』に応える義務、本当にありますか?
答えはNOです。期待というのはされる側から見ると理想の『押し付け』にすぎません。
相手の都合で『こうであってくれないかな』『ああして欲しいな』という希望を押し付けられているだけで、それに応えるかどうかはあなた次第。
そして、期待どおりにできなかったからといって、あなたが責められるいわれは全くありません。
何が何でも向けられた期待に応えなくてはと、病気になるまで無理をしてまでがんばる必要はないのです。
期待に応えようとがんばりすぎた結果、あなたがうつ病になったとしても、その責任を相手がとってくれるわけではないのですから。

(過度の期待は心に百害あって一利なし!)
『期待』の良し悪しは『押し付けの心があるかどうか』に大きく左右されます。
自分の期待に応えられなかったからと怒って相手を責めたり、または責められたりするのは間違った期待の仕方。
何度もいいますが期待に応えるかどうかを選ぶのは期待された本人であり、応えることは義務ではないのです。
一方的に期待し、それが叶わなかった時に落ち込む必要もありませんし、もしくは応えられない自分を責める必要もないのですが、うつになりやすい人はその匙加減が過剰すぎることがあるようです。
過度の『期待』はあなたの心に裏切られた、自分をないがしろにされたという怒りや悲しみをもたらし、もしくは義務でないものがいつの間にか義務のように感じられ、プレッシャーの重圧として圧し掛かってきます。
あなたのその『期待』、ちょっと止めてみませんか?
他人はあくまで他人であり、そもそも自分の思い通りにはならないもの。また、あなたは誰かの期待通りの行動を必ずしもとる必要はなく、期待をかけた張本人はあなたの人生に何の責任も取れません。
期待しすぎるから傷つき、または期待に応えようとがんばりすぎるから心が壊れる。
過度の『期待』はする方される方、双方の心を疲れさせます。

(他人に対しては『かもしれない』くらいで丁度いい)
では、適度な期待ってどのようなものなんでしょうか。
もしも車の免許を持っていらしたら、車を運転する時の心構えとして『だろう運転』と『かもしれない運転』の話を聞いたことがあるかと思います。
『だろう運転』とは、相手に期待する運転のこと。車が来たら歩行者は避けてくれるだろう、対向車の陰には誰もいないだろう、このように自分に都合よい期待が前提となった運転で、大事故のもととなる危険なものです。
これは運転に限らず人生においても同じこと。
都合のよい期待はかならずしも叶えられるとは限りませんし、一方的にされた期待に無理して応えて自分が事故を起こしては本末転倒。
心を壊すという人生の大事故を起こさないためには、『だろう』の期待よりも『かもしれない』不測の事態に備える心でいることが大切です。
前述の『かもしれない運転』とは、対向車が不測の事態を起こして突っ込んでくるかもしれない、歩行者が道路側に転んでしまうかもしれない、といった『危険を予測して回避する』運転のこと。
これを期待の仕方に当てはめると、例えば『○○して欲しいけどしてくれないかもしれない』『そう言われてもできないかもしれない』といった、『叶わない可能性を前提とした』期待に変わります。
これなら相手に過度の期待をすることもなく、またがむしゃらに応えようとがんばりすぎることもなく、より心の安定が図れるようになりますね。

何事もほどほどが肝心。他人と関わりあう時に過剰すぎる感情は、お互いをただ疲れさせるだけなんですよ。