うつの療養に対する考え方

「休養しなければ」なうつ病さんへ、頭を空にする勇気を持とう!

うつ病になった時、周囲の理解を得て無事に休養ができたとしても油断はなりません。「ゆっくり休んでまた仕事ができるようになればいいね」「今は休んでおこうね」などと優しい言葉を受けながら、あれこれ自問してしまうのがうつ病のやっかいなところ。本当の意味で休養するためにはどうしたら良いのでしょうか。

声かけはほどほどに

うつ病の患者に対し、周囲の人が声かけをすることがあると思います。うつ病は病気であり休養が必要なのだという認識のもと、休養を促す言葉を優しくかけたりすることは、一見とても良い影響を与えるように思えます。確かに適度な声かけは、うつ病の患者を安心させ、休むことへの罪悪感を軽減するなどの効果があると言えるでしょう。

しかしその声かけがあまりに度を越してくると、患者はだんだん「こんなに言ってもらってるんだから、休んで早く復帰しなくては」「しっかり休養しなければいけない」と、逆にプレッシャーを感じるようになってきます。周囲の期待に応えて頑張らなくては……という、うつになりやすい性質の考え方が、ここで働いてしまうわけです。

そうなってしまったら、患者は休養することに対して自問自答しはじめます。しっかり休養すると言われてもどうすべきなのか、そもそも休養とは何なのか……そして「休養を頑張ろう」としてしまいます。まだ動けるような状態ではないのに、無理にストレス解消にと動いて余計疲れてしまったり、本来休むべきときに「何かしなければ」と焦燥感からそわそわ落ち着きがなくなったりして、緩和すべきはずのストレスを溜め込んでしまいます。

周囲の人の優しい言葉が自分を思いやるものだと理解できる以上、それに応えたいとがんばってしまう……うつ病は本当にやっかいな病気と言えるでしょう。患者への声かけはプレッシャーを与えないようほどほどに。やたら何度も「休んでね」と言うよりも、あなたのことはちゃんとわかってる、だから頑張らずゆっくりしてたらいいと、患者が不安を訴えた時に諭すだけで十分です。

頭をからっぽにする勇気

本当の意味で身も心も休息するには、何よりも「何も考えない勇気」が必要です。うつ病の人は布団でじっとしていても、つい様々なことを考え込んでしまいがち。この先私はどうなるんだろう、残してきた仕事は大丈夫だろうか、連絡を絶った友達は心配しているだろうか、貯金いくらあったかな……今の不安、この先に対する不安、多くの「マイナスの考え」がうつ病の人を襲います。ですがいつまでもそれらのことを考えていては、頭を休ませることはできません。

布団の上に、両手両足を軽く広げてあお向けで寝て、指や足先が布団に沈んでいくようなイメージをしながら、力を抜いてみてください。思いのほか体の力が抜けて心地よいかと思います。体だけでなく、頭にもこれくらい力を抜き、柔軟になれる時が必要なのです。

自然に触れながらぼんやり過ごす

頭を休ませるために「何も考えない」を実行すること。それはうつ病の人には非常に難しいことかと思います。意識的に考えを押さえつけて捨て去ろうとしては余計気になってしまい、かえってストレスが溜まります。

一番いいのは、ちょっと外に出て風に吹かれながら流れる雲を見つめたり、海へ行って寄せては返す波に足をつけ、水平線を見つめたり、流れる川の流れに逆らって両手を水につけてみたり、「自然と触れ合って無心になる」ことではないでしょうか。特に流れる動きのあるもの、その瞬間ごとに形を変えていくものに触れていると、こちらが考える隙ができません。

それらの自然に触れながら、始めのうちは「ああ、雲が流れてるな」「水冷たいな」などと、一つのことをただ考えます。ただ自然に触れながらその思いだけで頭をいっぱいにしていくと、いつの間にか無心になり、頭がからっぽになっていきます。頬に触れる風の感触、手足に触れる水の感触も、心を落ち着け無心にしていきます。そうしてぼんやり過ごしたあとは、なんだか落ち着いたような、ほっとした気持ちを味わうことができます。

たびたび川や海に出かけるのは難しいでしょうから、せめて一日一度、窓を開けてぼんやり空の雲の形をなぞりたいものですね。