優しい

うつの人に対して優しい言葉から、あきらめの言葉に変る瞬間とは

うつ病は目に見える病気ではないと言えます。症状の実態、病気の実態が見えないというのは長期的になればなるほど周囲の人にとって負担になってしまうことが多いです。これはどれだけ病気などに理解を示している人であっても一時的に負担になってしまうことはあります。できるだけそうなってしまわないように周囲の人の状況にも気を配れる人がいることが大切になると言えるでしょう。

うつ病に対して理解がある人は当然うつ病の症状などを把握して、その人の状態を見つめ直してくれます。これはうつ病の人にとって大きな支えになってきます。しかし支える人が一人であると、支えになっていられる期間というのに期限が出来てしまうものです。うつ病の症状は時に、日常生活から外れてしまうような症状になったり、常識などでは捉えられないような症状を見せる事もあります。支えている人はそれを受け止めることが重要になります。

ですが支える人も同じ人間であり、時に自分の予想できない行動によって大きな負担が出てきてしまうことはあります。これは当然のことと言えます。そのような時期が長続きしてしまうと、うつ病の人に対しての優しい言葉が、だんだんとどうしようもないというあきらめの言葉に変ってしまうこともあります。

こうなってしまっては支える人は支える役割を果たせなくなっていると言えるでしょう。優しい言葉とあきらめの言葉は似ているニュアンスがありながら大きく違うものです。うつ病の人はこのようなニュアンスの違いを大きく受け取ってしまうものです。

このようなことから周囲の期待にこたえることができなかったという自信の喪失につながり、一人でうつの症状を抱え込んでしまう人は多くいます。こうなってしまう前にしっかりと周囲の人への対策をしていくことも必要です。

周囲の人はうつの人を一人で支えるのではなく、できるだけ多くの人数でうつ病と付き合っていく必要があります。うつ病と付き合っていく中で、学べることは多くなり、精神的な症状に対しての理解も深まっていくことになります。

うつ病の人は周囲の人に迷惑をかけていると考えずに、自分の状態を信頼できる人に話をしていくことが大切です。話を聞くことができないから何もできないとやきもきしている人は意外にも多くいるものです。自分と同じような感じ方をしている人がいる可能性もあります。ほんの少しの勇気が活路を開いてくれる場面もあるということが言えるでしょう。