うつ病

病気に負けるな!自分に負けるな!片方が健康なら生きていけます

世界保健機関という健康や保健に関することを中心に指示を出している機関があります。通商WHO(ダブル・エイチ・オー)と呼ばれ、
様々な場所でその名前がだされたりして「健康」に関するテーマについて議論などの話し合いをしたりしています。

昔は、「健康」の定義とは「身体が何の病気にもなっていないこと」ということでした。

しかし、現在では「身体」だけでなく、「心の健康」というのと、「社会の健康的行動」というのもプラスされました。

それは、身体が健康であっても、うつ状態になって何もする気が起きなかったり、自虐的行為に走ってしまったりしても、健康であるのか?
また、それらによって社会になじめなかったり、「ニート」と呼ばれる、「大人は普通仕事をする」という一般的常識ができていなかったりすることでも、健康であるのか?

という疑問から、「心」「身体」「社会」の3つが順調に機能していて、初めて「健康」ということとして定義をしました。

ですが、健康でなかったら生活できないのか?
と言われればそうではりませんが、絶対に「うつ状態」にならない状態というのは、世界保健機関が定める3つの健康に関するものが順調にうごいていることになるんです。

例えば、「心」だけ健康で五体不満足などで「身体」が健康でない場合は、「今の状況でも、自分に何ができるのか」という考えになると思います。
やっぱり、最初は自分の今まで通りの生活ができないことを悔やむと思いますが、それでも、心は前向きになって頑張る姿勢にいつかはたどり着くんだと思います。

逆に、「身体」だけ健康でうつ状態などが続き「心」が健康でない場合は、「学校に行きたくない」「会社に行きたくない」「仕事や勉強が上手くいかない」などといっても、
「でも、仕事に行かないと」「学校にだけは行かないと」「仕事も勉強もしんどいけど頑張ろう」となる可能性もあります。

しかし、「身体」が健康でないときよりも「心」が健康でない時の方がやっかいなのです。

先ほどの学校や仕事場に行きたくない場合でも、たまにうつ状態になるぐらいでしたら、またうつ状態ではなくなって、またうつ状態になってと、繰り返して日常生活を過ごすと思いますが、うつ状態があまりに多い場合は、どんどんと身体の機能を低下していって、最終的には身体も健康ではなくなってしまうこともあります。

「病は気から」とはよくいったものですね。

このことから、「社会的」な健康は1つでは成り立たないことがわかると思います。
社会的な健康というのは、問題なく学校へ毎日行ったり、仕事をしなければならない年代になったらきちんと仕事をしたり、最終的に自立をすることです。

まず、身体が健康でなければ、度合によっては仕事に出かけることはできないですよね。もしかしたら、無理して仕事に行ったりしている場合や、特別な対応をしてもらったりして勤務をしている場合もあります。

そして、「心」が健康でなければ、仕事に行けなくなったり、仕事に行けたとしても、自分では健康と思って頑張って仕事をしていてもミスをして失敗してしまったりします。

心と身体のどちらか一つが欠けてしまうと、社会的には健康になることは難しいと思います。

しかし、身体が健康でなくても生きている以上どこかしら動ける箇所があると思います。心が健康なら、自分の体が不健康なことにめげずに、「今何ができるか」を考えて、仕事をしている人もたくさんいます。

結果的には、「心」が不健康になってしまうと他の2つもだんだん不健康になる可能性がありますが、「身体」が健康ならまだまだできることはたくさんありますので、大変だけれども頑張ってほしいものですね。

本当の自分自身を知っていますか?自分自身を意識してみましょう!

今の日本では、自分に自信たっぷりな人というのはなかなか少ないと思います。

ですが、「自信」というのは本当にすごいもので、身体を動かす気力がわいてくるものです。
オリンピックの選手や、ミュージシャンや歌手などは、好きでその職業に就いているのですが、大勢の人の前に立ったり、そこで演技を披露したり、さらに世界規模での競争に出ている人たちだって、自分に自信をたくさん持って挑戦をしているのです。

どんな人だって「自信」の塊ではありません。

ミュージシャンは「お客さんが少なかったらどうしよう」などと思うことだってありますし、「失敗したらどうしよう」と思うことだってあります。

オリンピックの選手も、世界の強敵たちに自分が混じっているという緊張や恐怖感などもあるでしょう。

しかし、それらの感情にも負けずに立ち向かい、成功をすることによってさらなる自信につながります。

ですが、その感情を目の前にして、怖気づいてしまい後退をしてしまうと、何にもなりません。そのまま立ち向かうのにも少しの「自信」が必要でしょう。
では、その最初に必要な自信はどうやってつけたらよいのでしょうか。

それは、「将来のなりたい自分の未来像を想像すること」です。

オリンピックの選手でしたら「金メダルを取っている自分」を想像します。
金メダルを取れば、親孝行にもなり、周りの人からも「すごい」と言われ、テレビにもたくさん出演することになります。
そうなると自分はすごく幸せになると予想されますし、何よりも自分の努力したことにより結果が出て、自分自身も嬉しくなります。

「失敗する」ということを想像しながらするよりも、「成功する」と想像しながらものごとを進める方が成功しやすくなります。

わかりやすい例で言うと、例えば、
新しいことに挑戦するとします。

写真付きのマニュアルがあって、自分一人でそれを最初から最後まで全部やりとおせと言われても、なかなかできませんよね。
ですが、一度、最終的な成功例を見ていたり、実践をしているところを見せてもらうと、次に自分が一人でマニュアルを見ながらやると、なんとなくイメージがついているので上手くいくものです。

これと、「自信」をつけるために「将来のなりたい自分の未来像を想像すること」に似ていると思いませんか?

一回自分のことを卑下してしまうと、そのことしか考えることができずにどんどん失敗しやすくなってしまいます。

未来像を想像して自信をつける努力をしていきましょう。

大きな目標がなくても身近なことから…趣味を見つけましょう

うつ病患者が増え続けている現代ですが、爆発的に増えてしまったといわれる原因の1つが「ゆとり教育」です。

現在では、もうすでに廃止になった教育方法なのですが、さまざまな場所から問題になっているので、まず知らない方はいないでしょう。

「ゆっくりとあせらずに、のびのびと教育をしよう」という概念から生まれたこのゆとり教育ですが、
それが失敗してしまい、

「何もしなくても親や先生、周りのみんながやってくれる」
「自分のしていることは全て正しい」
「なんでもかんでも、親や先生に言ったら上手くいく」

などと、一部間違えた方向に成長させてしまっている部分がありました。
その為、学生時代にあまり苦労をしなかった分、
自分一人で自立をして考え出したときに壁にぶつかってしまったら、すぐに弱音を吐いてしまうのです。
その「弱音」の部分が次第に大きくなり、「ネガティブ」なことしか考えられなくなり、「うつ病」へと発展していってしまいます。

特に、「何もしなくても親や先生、周りのみんながやってくれる」という考えで成長してしまった子供はとてもやっかいです。

お金は親に欲しいと言ったときにもらうことができ、
お皿や洗濯物は洗わなくても、次に使う時にはすでにキレイにされており、
中学校や高等学校から進学をするときの進路は自分で決められないので、親や学校の先生に探してもらって、決めてもらう…
このような生徒が多く見られると思います。

もっとひどいものでは、「悪いことをして怒られても親がなんとかしてくれる」という考えです。

自分で決めずに「親に決めてもらう」ゆとり教育の子供たちは、自分で目標を考えることができなくなっているのです。
そこで、親や周りの人に意見をもらえなかったら、どうしたらいいのかわからず、小さい頃から自分で考えることを訓練されていなかった子供たちは、上手くいかないことを苦にしてしまうこともあります。
その結果、ネガティブなことしか考えなかったりして自分を傷つけてしまったり、最悪自殺ということに発展する可能性もあります。

そういう人たちは、大学までは特に夢を持たずに何気に進学していった人が多いと思います。
そして、目標や成長するのが遅かったり、自分で問題解決までの行動ができなかったりします。

そうならないためにも、まず、自分で1つ1つの行動の目的や目標を決めて、行動をしていくことが大切です。

例えば、大きな夢で「パティシエ」になりたい人がいると思います。
これがわかれば具体的に何をしていけばいいのかわかるので、次の自分の行動がはっきりしてきます。

しかし、大学まで何気なく進学した人は、最終進路決定の就職という関門で大変な目にあってしまいます。
その、「就職」という壁に直面する前に、色々なことを自分なりに計画的に考えて行動に移すことが、自分で考えるという良い訓練になると思います。

例に挙げると、「夏休みの宿題は全60ページあるから、45日間の夏休みに1日2ページずつやろう」と思って実行してみるとか、
毎にち筋トレを少しずつでも頑張ってみるとか、
新しく入学した学校で、とりあえずクラス全員に1回ずつは話してみるなど、

どんなに些細なことでもいいのです。

大きな夢が見つからないのであれば、小さな目標をどんどん見つけていき、
その中で、いつか巡り合うであろう夢に向けて頑張っていけばよいと思います。

健常だって関係ない!夢を持ちましょう!

夢を持って頑張っている健康な学生や、しっかりしていてハキハキしている健康な働いている人を見ると、とても輝いて見えますよね。
そして、そういう人たちと話していてもとても気分が良いですし、自分も頑張ろうって元気をもらったりします。

ですが、健康でない人を見ていても元気はもらえないのか?と思うかもしれませんが、それもまたちがうと思います。
たとえ、五体不満足で身体的に健康でなくても、今、その人が自分で何をできるのか考えて行動している人は見ているだけで「頑張っているなぁ」と思い、
こちらも頑張らなければと思えると思います。

大分前にこのような事故が起こりました。
運動やスポーツが大好きな人がいたのですが、学生時代は運動部に所属し、将来の夢も「体育教師」というほど身体を動かすことが好きな人でした。

その人は、毎日ジムや体育館を借りて、人とスポーツをしたり、一人でも練習をしたり、教師になるために猛勉強しました。
そして、ある日、ついに念願の体育教師の免許をとることができたのです。

生徒に体育の授業をしたあとに、まだまだ体力が有り余っているその青年は放課後に一人で運動場でランニングをするほどでした。

ところが、ある日の体育の授業のとき、生徒のみんなに跳び箱の見本を見せてあげようとした際に失敗をしてしまって、頭の後ろから落ちてしまい強く頭を打ってしまったのです。

頭というのは、人間の体を動かしたりするのに大切な部分なんです。特に頭の後ろからの衝撃からは人間は弱いのです。
その人は脳の神経の一部が壊れてしまって首から下が一切動かせない身体になってしまいました。

あなただったら、こうなってしまった場合どうしますか?
少し想像しにくいかもしれませんが、もし、あなたが普段している楽しいことが、突然自分の体が動かないことによってできない
好きな食べ物でアレルギー反応が起きてしまって、命の危険もあるため一生食べてはいけない、一生食べることのできないようになってしまったとき、
あなたは堪えることができるでしょうか?

しかも、この青年は「好きなことができない」だけではありません。
「自分では何もできない」のです。
できることと言えば、「しゃべること」などの「口を動かすこと」だけでした。

なので、ベッドから置きあがることはおろか、ご飯だって誰かに食べさせてもらわなければいけません。
また、トイレまで連れて行ってもらって用を足すのではなく、その「トイレをする」こと自体ができないので、尿や便を取ってもらうしかなかったのです。

若い20代後半の青年が、このようなことに耐えられるでしょうか?

この青年は、自分の大好きなスポーツをすること以外にも、普段皆さんが何気なくやっていることさえもできなくなったのです。

このようになってしまって、もちろん、青年は生きる希望を失いました。
学生時代から「体育教師」を目指して一生懸命に努力をし、ついに念願の体育教師になり、クラスも受け持ったのにもかかわらず、
わずか、半年で夢が終わってしまったのです。

しかも、自分が生きていることによって両親やその他大勢の方のお世話に一生なっていかなければならないことを考えると、
とても迷惑がかけれないと思い、自殺を考えてしまいました。

しかし、自殺を考えても自分できることは限られています。
一人では出歩けないですし、当然自殺をすることはできません。

自分自身に対しての屈辱に耐えれずに、世話をしにきた母親に「殺してくれ」と頼むぐらいでした。
しかし、もちろん母親は殺さず、なんとかしてやりたいと必死に考えました。

ある日、青年が「何もできない」と悲しんでいたところを、父親が

「何もできないことはない。口があるじゃないか」

と言いました。
青年は「口があったところで…」と言いましたが、父親は「ペンぐらいはくわえることができる。文字を書く練習をするといい」と言いました。

事故を起こしてから2か月経っていて、全然笑顔を見せず、気力もなくなった青年が、父親が買ってきたペンとスケッチブックを見て、文字を書いてみようという気力が少しでてきました。

最初は「あ」を書きましたが、なかなか上手くいきません。
次第に、「あ」という一文字を毎日ずっと練習していました。

その「文字を書く練習」をした日から、青年はいきいきし、
「全ての文字をかけるようになる」と毎日練習しました。
最初の「あ」がキレイに書けた時、家族みんなで喜び合いました。

この青年はずっと「あ」「い」と一文字ずつ練習していきました。
この時にはすでに「笑顔」が取り戻されていました。
それは、「すべての文字を書けるようになる」という「目標」を経て、少しずつ近づいて行っていることに対して「喜び」という感情が湧きでてきたからです。

その次に、一通り文字を書けるようになった後は、絵を描くことに挑戦しました。
最初は丸、その次は四角、と徐々に色々な図形を描くようになりました。

しばらくすると青年は、「絵手紙」を描くことを仕事として過ごしていました。

最初から「夢」に向かって頑張っていた人は、巨大な壁を目の前にしても、めげずに、再び起き上がる力を秘めています。
起き上がるためにどうしても必要な要素は「夢(目標)」を持つことです。

大きな「夢」を考えた後に小さな「目標」を少しずつ立てていく…のが普段通りだと思います。
最初の青年のように、「体育教師になる」という大きな「夢」から、「スポーツができるようになる」、「免許取得の試験に合格する」などの小さな「目標」をクリアしていきました。

跳び箱の事件の後、青年は絶望に満ちた状態になってしまいましたが、その時のこの青年は小さな「目標」から、大きな「夢」をたてていきました。
父親から渡されたペンと紙を使って、「”あ”を書く」という小さな目標から「文字をほとんど書ける」、「図形を書く」ということになり、最終的に「絵を描く」という大きな目標になりました。

何か目的がなければ人間は動けません。
トイレをしたいから歩く、ご飯を食べたいから買いに行くなど、ごく普通の行動も何か目的があるのです。

人生も、何か目的があって行動をした方が、近づいている、遠くなっている、クリアをした、などが分かって楽しみがあると思います。
そのように何も目標などがない人はどんどんとネガティブなことを考えていく傾向にあるようです。

何事にも、大きい小さい関係なしに目標をたて、それをクリアすることを考えることが、「うつ病」を自分から遠ざける一つの方法でしょう。

一人で悩まないで!相談場所はたくさんあります

最近、うつ病患者に多い、困った事件は「自殺」という、自分を殺してしまう行為です。

本人たちも苦しんだ挙げ句の選択肢なのですが、それが正しかったかと言われればそうでもないと思われる人も多いです。
死ぬまでは何回もやりなおすチャンスはありますが、死んでしまったらそこでゲームオーバーになってしまいます。
その、全てを終わらず覚悟や決意があるなら、他の事に使えばよかったのに、といつも思います。

さて、その対策として「自殺ホットライン」などという相談センターが開設されました。
相談方法はメールなどでも大丈夫ですし、面会相談や、電話相談など、相談方法も様々です。
それのおかげで、年々と自殺者は減ってきている結果もでています。

やはり、うつ病患者は一人で悩んでしまうために、判断を間違えて「自殺」という方向に考えてしまうのですね。

相談できる場所というのは、うつ病患者にとって「信頼できる人であるかどうか」という基準になりますので、
身近な人、「先生」、「友達」、「恋人」、「親」、「兄弟(姉妹)」、「祖父母」、「学校の先生」…などと相談相手もさまざまです。
それでも、やはり知り合いには相談できにくいこともあると思います。
そのようなことを解決するために電話などの相談場所があるのです。
また、精神科の個人病院などで、無料で専門家医に相談するところもあります。

また、相談場所についても
「教員相談ダイヤル」、「児童虐待ホットライン」、「子育てホットライン」、「自殺ホットライン」
などと、世代や原因に分けて相談することも可能です。

うつ病のこと以外にも人間は一人で考えると間違えてしまうこともあります。
一人で考えることが不安だったりしたら、少しでもいいので、そういう相談機関を頼るようにしましょう。
人を頼ることは間違いではありませんので、一人では絶対に悩まないようにしましょう。

うつ状態になる前に…自然と触れ合うことの大切さ

うつ状態というのは、1度なってしまうとなかなか抜け出せません。
1回失敗してしまうと、「次もまた失敗してしまうかも…」と一緒の事です。
ですが、そうなってしまった場合でも、1回成功してしまえば「自分でもやればできるんだ!」と自信がつくことになります。
うつ状態も一緒で、1回自分のした行動が良い方向に進むと少しは気が楽になります。
そして、次の行動をしようと考えるキッカケも同時に増えます。

たまに、またうつ状態になるのはおかしいことではありません。
人間は誰でも悔しくなったり、しんどくなったり、泣きたくなったりすることがあり、うつ状態になっている人はたくさんいます。
1度成功したことだって、次も絶対成功するとは限らないし、失敗することを全然考えないわけでもありません。

そこで、少しでも気分が病んでしまったりしたら、緑や青の色を見ると落ち着くと言われています。
緑と言いますと「葉っぱ」、「森」、「木」…などで、青と言いますと「青空」ですね。
その他にも「桜」や「雲」などの自然なものはたくさんありますが、自然に触れ合うことで心が少し落ち着いたりもします。

炭鉱で働いている人というのはすぐに怒る人が多いらしいのですが、それに困った住民たちは
「怒る前 青空見上げて リフレッシュ」というスローガンを書いた看板を立てました。
すると、それを実行してくれた人が多く、喧嘩も少なくなったという話があります。

自然の物は、人の心を穏やかにさせる作用があるのです。
今の生活から少し飛び出して、どこかハイキングや山登りなどの、自然と関わるイベントに参加したりするのも良い方法ですね。

うつ病は単独の病気では終わらない!うつ病に関する二次災害とは

うつ状態が、無条件で続くことを「うつ病」と言いますが、うつ状態だけの人もいれば、そうでない人もいます。

その、「そうでない人」に分類される人は、いわゆる他の精神病もかかってしまっている可能性もあります。
例に挙げられてよくお聞きするのが「過食症障害」、「拒食症障害」、「性同一性障害」、「パニック障害」…などなどです。
普段の生活から、そのうつ病患者にとって理解困難、対応困難な出来事にであってしまい、「うつ状態」が始まってしまいます。
そして、その「うつ状態」はどんどんエスカレートしていき、前までできていたことまでもができなくなってしまいます。
そうすると、ますますうつ状態の深みにはまってしまい、ついには脳や身体がいつもの正しい状態のように判断や機能をしてくれなくなります。

そうなってしまった人は、ご飯を全然食べなかったり、逆に食べないと気分がとてもしんどくなったり、
でも、食べてしまうと太るので自分で喉の奥を押して吐きだそうとしたりします。
他にも、人がたくさんいるところが苦手になって電車やバスなどにも乗れなくなったり、
自分のやりたいこと、性別、状態、将来などがわからなくなったりし、ますます悩んでしんどくなっていったりしてしまいます。

一番やっかいなのは「うつ状態」がどんどんエスカレートしていってしまった場合です。
こうなってしまうとなかなかうつ状態から抜け出せなくなり、他の精神病にかかってしまい、家族の話も聞きいれてくれようとはしないパターンが多いです。
「うつ状態」は一人だけでは絶対にかかりません。
他人と触れ合って、初めて発覚するのです。
できれば、他の精神病にかかってしまう前に、一人一人の人たちに対策があればいいですね。

お子さんのうつ病、なりやすい時期があるのを知っていましたか?

皆さんは、「うつ病」というのはいつからなり始めるか知っているでしょうか?
時には名前も変え、「不登校」、「ニート」、「ノイローゼ」などと呼ばれますが、その中でも「不登校」が一番早い時期に現れる「うつ状態」だと思われます。

不登校と言いますと、小学校から大学まで、学校になかなか行かない人のことです。
年間に30日以上欠席すると「不登校」という呼び方になりますが、
小学生では100人に1人の割合で、中学生ではなんと100人に6人の割合で不登校児がいるのです。

小学校の間は1~3年生の間で不登校児になってしまう人が決まっており、学年が上がっても、不登校は継続してしまうのです。
ところが、中学生に上がったとたんに、どっと人数は増えてしまいます。
高等学校では、また、急に不登校になる生徒が少なくなっているのです。それは、高等学校は義務教育ではないので、不登校児は進学しないことが多いからです。
では、なぜ中学校なんでしょうか?

それは、「中1ギャップ」というものがあります。
中1ギャップというのは、中学校と小学校で学校の仕組みが大きく異なることが原因となります。
小学校のころは担任の先生が全ての教科を受け持ち、お昼ごはんも給食があったのでみんなで仲良く食べていました。
しかし、中学校になると、教科ごとに担当の先生がいますし、給食も班で食べるというのではなくて、個人個人で好きなように食べたりします。
また、2つの小学校から1つの中学校に通うところが多く、知らない人がたくさん増えるということも原因です。

不登校そのものは病気ではありません、しかし、自分と相手を特別に比べたり、意識をする時期でもあるのです。
そのことから、「自分はダメなヤツなんだ」、「なんでこんなにできないんだろう」と自己嫌悪に陥ってしまったりするのです。

その対策としては、小学校のころからサークルや地域などでの活動に参加をさせて、少しでも知らない人と話すことに慣れておくことが大切ですね。

うつ病を治したい方必見!脱・うつ病に成功した体験談

周りがみんなうつ状態の人で、自分までうつったかのようになってしまった人の話です。

Eさんという女性は、小学校の頃には本当に不登校になってしまい、まったく学校へ行きませんでした。
しかし、幼稚園から一緒だった幼馴染のKちゃんがなんとか学校へ来てもらおうと、朝に家まで迎えに行ったりしてくれていました。
Eさんは学校へ「行きたい!」と、すごく思っていたので一緒に登校したかったのですが、いざ前へ進もうとすると、何故か行けなくなります。
休みすぎて、学校へ行きにくくなってしまっていたのです。

実は、幼稚園のころはずっとちゃんと行っていたのですが、両親が離婚してから行かなくなったのです。
母親と一緒に暮らしているのですが、母親はヒステリックになってしまい、時には「死んでしまいたい」とつぶやくようになりました。
また、家の近くに母親のお父さんが住んでいるのですが、そのお父さんも「孫なんか連れてくるな!」とEさんに対して不満な対応をしてくるのでした。
Eさんは一人っ子なので誰にも相談ができずに、ずっと苦しんでおり、学校へ行った時のみんなの明るさが激しく、その温度差から学校へ行くのを拒否するようになりました。

そんな中、幼馴染のKちゃんだけは落ち着いた雰囲気で、一緒に遊んでくれるのも同じ空気で遊んでくれるから居心地が良い存在でした。
Kちゃんが学校へ行っている間は暇だったのですが、なんとか1日中遊ぶを日を作りたいと思ってKちゃんに一緒におばあちゃんのいる田舎へ行くように勧めました。
Eさんのおばあちゃん、おじいちゃんも離婚しており、別居に暮らしているのですが、唯一家族の中で一番まともなのがおばあちゃんでした。
KちゃんはあっさりとOKを出してくれて、今度の土日に一緒に帰ることになりました。
2泊3日で泊まりに行ったのですが、信じられない発言を学校の先生からもらってしまいました。

「Kさん、あなたEちゃんと一緒に田舎へ行ったんだって?」
そう言われたKちゃんは素直に「はい、行きました」と答えました。すると、
「あの子は学校にも全然来ないのに、大好きなあなたまで一緒に家にいるとますます来なくなるじゃない。言ってはダメよ」
と言ったのです。
それを、KちゃんはEちゃんに報告をしにきたのですが、「それでも来るからね!」と言ってくれました。

何故、学校の先生はそんなに自分を孤独にしたいのだろうか、何故、私の周りの人はすぐに怒ったり、悲しんだりするんだろうか、
学校へ行くことがそんなに大事なことなのか…。
悩みに悩んだ挙句、学校へはますます行きにくくなり、とうとう小学校を卒業してしまいました。
中学校も一応入学はしたものの、頑張って行こうとしても知らない人が多すぎてなんだか怖くなり、しばらくすると不登校…そのあと転校をしました。

Kちゃんには何も言わずに転校したのでびっくりしていたでしょうが、そんなことはもう、どうでもよかったのです。
転校先は動物をたくさん飼っている場所で、休憩時間になるといつも見に行きました。
その学校では、その動物たちのおかげでなんとか通うことができました。

毎日ではないですが、いつも登校したときに見に行っていた動物は「ウサギ」のウサちゃんでした。
とても人懐っこくて、学校の先生に許可をもらってニンジンなどのエサを与えたりしていました。
ところが、ある日、しばらく休んでいて久しぶりに学校の小屋へ行くと、お気に入りのウサちゃんがいつもとは違う寝方で寝ころんでいました。
夏の暑い日だったのでバテテいるんだろうなと思ったEちゃんは、「ウサちゃん!」と呼びかけましたがピクリともしません。
他のウサギたちが普通にウサちゃんの上を通っていきますし、中には踏んでいるものさえいました。
それでもウサちゃんは動きません。

そこで、Eちゃんは急いで先生を呼んできて確認してもらいましたが、もう手遅れで病気で死んでしまっていました。
飼育係の話によると、前の日は水を飲んだりご飯を食べたりしていたのですが、すぐに横になって寝ころんでいた様子でした。
よく、ウサギは胃や腸の病気になりやすいらしく、発見が遅れてしまうと短時間で死んでしまうようです。
「昨日の時にわたしが来ていれば、いつも観察をしているので気づいて間に合ったかも…」
このことがEちゃんの頭をよぎり、その後頭が真っ白になりました。
しばらく落ち込んでいて学校にも行かなかったのですが、ウサちゃんは学校へ行かなかったから死んでしまったことが頭の中でずっとぐるぐる回ります。
そして、命というのはいずれ死んでしまうものなので、会える、今をを1日1日大切に生きていこうと考えなおしたのです。

それからは、学校もなるべく休まずに無事卒業しました。
現在は、獣医師を目指して勉強しています。

立ち止まっていると「うつ状態」から抜け出すのは難しいですが、1歩自分から前に進めば、
どんな小さな1歩でも、自分にとって大きな1歩になることでしょう。

ほんの少しの頑張りでも、きっと見返りはあります

その人はDさんという女性の方なのですが、中学校の頃から「パニック障害」という精神病をわずらってしまい、
周りにいる人がみんな敵のように思い、少しでも嫌なことがあると、「なんで、自分が嫌な思いをしなければならないのか」と怒っていました。
そして、特別学級にいることに不満を持ち、少しでも悪いことをして目立ちたいという気持ち反面、
そうやって目立っている男子や女子が大嫌いですし、苦手というところもありました。

そのDさんには周りには心やさしい人がたくさんいましたのですが、その人たちにいつも

「今日も学校でキレてきた」
「学校でタバコを吸ってきた。最近マルボロに飽きたなぁ」
「今日はムカついた人を殴ってきた」

などとウソをついて、そのたびに周りが説教のような注意をしてくるのを楽しんでいました。
後で思うと、孤独に耐えられずにわざと話題を作り、相手にしてもらっていることがうれしかったんだろうなと本人は言ってしました。

ところが、しばらくするとDさんは、V系バンドなどにハマリ、男性になりたいと強く願うようになりました。
男性になったらV系バンドができると勘違いしていたのです。そして、男になるならもっと悪いことをしなければと間違った認識をしてしまいました。
しかしそんな勇気がDさんにあるわけでもなく、いつものようにウソをついてばかりでした。

そんなDさんでしたが、大学生になるにつれ、このままでは自分はダメではないのか?と少しずつ疑問に思ってきました。
しかし、具体的に何をどうすればいいのかわからなかったので、悩みに悩んだ結果、自殺をしようと思うようになってしまいました。

ことあるごとに「死にたい」などと口癖のように言い、せっかくできた友達を遠ざけてしまい、本当に孤独になってしまったのです。
そんななか、唯一見捨てずにいてくれたのが、自分が男性になりたくて、ネット上で相談して回ったときに知り合った人でした。
その人に自分の事とは言わずにメールで「友達に死にたいと言っている人がいるんだけど、どうしたらいい?」と言うと、その人は
「そうやって言っている人ほど、仮に”しんだら?”と言っても死なないと思うよ。そんなことできる行動力があるなら他に解決策はあるし、言えるだけそんなに苦しんではいないと思う」
という返事が返ってきました。

Dさんは自分が言われているような気がしてならず、「その子にそれを言ったら窓から飛び降りて病院へ運ばれたし、そのあと俺が怒られた」と返事しました。
しかし、メールのやりとりで数分しか経っていないのにそんな事実があったなんておかしいので、相手は疑問に思って
「え、今の出来事?っていうか、もう病院に運ばれったってことはDがそれを既に言ってたん?」などと聞かれました。
もう、どう返事したらいいのかわからず、そのまま無視をしてしまいました。

その人の返事がずっと忘れられなくて、何度も思い出す度に自分の中で「変わりたい」という思いが強くなってきました。
そこで、高校卒業後に大学へは進学しなかったのですが、バイトを始めることにしたのです。
「とりあえずお金を稼ごう、そして、V系の曲を弾きたい!」と強く思いました。

「死にたい」と言っていた時期は1年経つのが遅かったのですが、「お金を稼いでギターを買う!」と決意した後はあっという間に1年が経過していました。
それを改めて思った際に、死ぬ前に何かできることがあったんだ。と思うようになったそうです。

現在でもたまに「しんだら楽だろうな」と思う時もありますが、そんなときはV系の音楽を聴いて自分の気持ちをごまかしています。

まだお金はたまっていませんが、少しずつ働いていつかはギターを購入することを夢見ています。