うつ病

癒しになるけど相手は命~うつの治療にペットを飼うための注意点

アニマルセラピーという言葉があるように、動物の存在は人の心を癒します。
うつ病になった時、ペットに心癒されたという人は決して少なくありませんが、うつ病の治療のためにペットを飼おう、と思い立ったあなたはちょっと待ってください。
人間側の勝手な都合で、ペットにストレスを与えていませんか……?

(うつ病治療のためにペットを飼い始めるか否か)
動物とのふれあいは人の心を癒します。
ですが、うつ病治療のために新たにペットを飼い始めることについては、賛否が分かれるところ。
患者本人がペットに深く関わり、毎日の世話を怠らずできなければ、病気治療のために飼うというのは控えたほうがいいかもしれません。
何しろペットは生き物であって、人間の気まぐれで世話を止めると弱って死んでしまいます。
また、世話は家族まかせで患者本人はペットと触れ合うだけだという場合、家族への負担がかかりますし、自分で世話をしないのなら動物園のふれあい広場に行ったほうがまだいいでしょう。
相手は小さく言葉を話すこともできませんが、立派な命。
そのことを改めてよくよく考えてから、決断を下して頂きたいものです。

(ペットを飼うだけの環境は整ってますか?)
ペットは玩具やぬいぐるみではないのですから、当然彼らも食事をします。時には病気にだってかかります。
あなたはその餌代や病院代などをきちんと捻出できるだけの余裕がありますか?
ペットを飼うというのは思ったよりもお金がかかります。特に病院は、ペットには国家制度の健康保険がないため、人間よりも高額な治療費になってしまうこともしばしば。
また、家族にアレルギーの人やペットに対する理解のない人がいませんか? ペットを飼うとなった場合、同居する家族のことも考えなくてはなりません。
一人暮らしなら気楽に飼える……とお思いのあなた、一人暮らしでもし体調を崩した時、ペットの世話は誰がするのでしょう。
特にうつ病はその日よって気分が違い、状態が悪いと布団から出ることもできないことだってあります。
自分は食事する気にすらなれなくてもペットはお腹をすかせます。
そんな時、世話が億劫になって投げ出したりはしませんか……?
厳しいことを言うようですが、生き物の命を預かるというのはそれだけ重大なことなのです。

(相手は生き物、そのことだけは忘れずに)
何度も繰り返しますが、決して忘れてはならないのは相手は生き物だということ。
ペットだって不潔な環境に置かれたり飢えたりすればストレスが溜まります。
そのことを十分に理解していないと、最悪ペットが死んでしまうことだってあります。
また、きちんと愛情を注いで世話をすることでお互いにコミュニケーションが生まれ、うつ病の治療にも効果があるというもの。
普段は家族に任せきりで、気の向いたときだけ世話に参加するような状態では、大きな効果があるとは言いがたいでしょう。

(ペットの飼育を難しく考えるとノイローゼに!?)
逆に、ペットをきちんと飼おうとしすぎて、より症状が悪化してしまうことだってあります。
真面目な人の多いうつ病患者は、事前に本を読んだり情報をリサーチして、『ペットの飼育とはこうあるべき』という像を先に作ってしまうことがあります。
しかしながらペットにもそれぞれ個性があります。本に『大人しい種類です』と書かれていてもやんちゃだったり、その逆も然り。
そんな時、本で見たことと現実のギャップに戸惑い、『こんなにやんちゃなのは、自分のしつけがよくないせいじゃないか』などと思って、一種の育児ノイローゼのような状態に陥ることがあります。
ペットを飼うとき事前の情報を得て勉強することは大切ですが、それに振り回されすぎるとかえって毒になってしまいます。
動物にも個性があることを念頭に、あまり固く考えすぎないようにしましょう。

(ペットロスにご用心!ペットを失って起こる『うつ』)
うつ病の人が特に気をつけたいのは、大切なペットが亡くなってしまった時。
特に家族同然に長年可愛がっていた場合などは、注意が必要です。
『死』というのは大変大きな喪失感を心にもたらします。それが大切な相手であればあるほど喪失感は大きく、そこから立ち直るには健康な人でも時間を要します。
その壮絶な喪失感からうつ病のような症状を起こすことがあり、それを『ペットロス症候群』と呼びます。
ペットロスは放っておくとうつ病に発展したり、うつ病の人がペットロスになると症状がとても重くなったり、非常に注意すべき状態に陥ることがあるのです。
ペットとして飼育されるような生き物は、ほとんどの場合人間よりも寿命が短いもの。
最後を看取る覚悟を決めて、ある程度割り切る心を持つことも大切です。

無理をするのは絶対厳禁!気をつけたいうつ病患者の車の運転

交通機関の発達した都市部ではまだしも、地方ではまさに車は生活の足。
場所によっては車がないと仕事に行くことすら難しい、というところもありますよね。
すっかり生活に密着している車ですが、うつ病の時に車を運転しても果たして大丈夫なのでしょうか?

(地方では生活の足、でも……)
住んでいる地域によっては、車を運転しなければ通院すらもままならない……といったことがあるでしょう。
ですができることなら、うつの闘病をしている間は運転を避けたほうが無難です。
うつ病にかかると脳の働きが悪くなり、健康な時にはできた咄嗟の判断が遅れてしまったり、集中力が続かずぼんやりしたり、横目に入る景色などが気になって注意が散漫になったりします。
車は日常運転している時にはあまり意識しませんが、その気になれば人の命を奪ってしまえる凶器になり得るもの。
通院などに車を使うこともあるでしょうが、うつ病との闘病中はできるだけ公共の交通機関を使ったほうがよいでしょう。
人ごみが苦手で電車やバスに乗るのが苦痛だったり、そのような場所でパニック発作を起こしてしまうような人は別ですが、ただ乗り降りするだけの公共機関は服薬して運転するより遥かに安全です。
闘病中にどうしても運転しなくてはならない時はくれぐれも慎重にして下さい。

(薬を飲んですぐは運転しない)
運転する際、薬を飲んですぐにハンドルを握ることは厳禁です。
うつ病に使われる薬には副作用に眠気がくるものがありますし、薬の作用で頭がぼうっとしてしまうことだってあります。
薬局で渡される薬の説明書をよく見て、『車の運転などには注意が必要』と書かれている薬を服用した際は、極力運転は避けるようにしたほうがよいでしょう。
念のため、医師に薬を服用後どれくらいで運転してもよいか聞いてみたほうが無難です。
どうしても運転する時は、その時間帯に合わせて服薬の時間をずらすなどの工夫をすることも大切です。
何度も言いますが、車は便利な移動手段であると同時に、一歩間違えば人の命を奪うこともできてしまうのです。

(遠出の時は必ず同行者を)
うつ病の時は、できれば車の運転は近距離だけで済ませておいたほうがよいです。
ただでさえ判断力が鈍っている上、うつ病の時は大変疲れやすいので、遠距離を運転するのはうつの人には難しいこと。
ですがどうしても遠くに出かけなければならない、そんな時もあるでしょう。
その場合は必ず車を運転できる同行者を連れ、その人に中心的に運転してもらい、自分は相手が疲れた時の代わりに運転する程度に留めておいたほうがいいでしょう。
特に高速道路を使う場合は注意が必要です。高速道路はうつ病の人でなくとも運転が単調になり、眠気に襲われがちなもの。
うつ病の患者はその上に副作用を伴う薬を服用しながらの運転ですから、普段以上に気をつける必要があります。
また、運転中に眠気や疲れを感じたら無理は厳禁。すぐに近隣の駐車場など車を止められる場所に入り、休憩をとりましょう。
無理して運転を続け、ふらっと居眠りをしてしまったり注意力が失われたりして、大事故になってからでは遅いのです。

(重度のうつ病で運転するのは厳禁!)
うつ病でもどうにか車の運転ができるのは、あくまでも軽度のうつ病の場合です。
一度にたくさんの薬を服薬しなければならないような重度のうつ病の場合、運転に関わる注意力などの欠落がより激しいものとなるため、車の運転をするのは厳禁です。
たくさんの薬を服用している人は、自分に車の運転が可能かどうか、医師に判断を仰いでください。
また、各警察署に運転適正相談窓口という、うつなどの病気を抱える人で運転に不安を感じる人のための相談窓口もありますので、そこで相談してみても良いでしょう。

(運転再開はまず近距離から)
うつ病を患って長期間運転をしていなかった人が、減薬に成功しさあ運転を再開しようという時は、できるだけ近距離から始めたほうがいいでしょう。
運転の仕方そのものは体で覚えるものなので、うつ病になってもさほど忘れることはありません。
一度自転車に乗れるようになったら、その方法を忘れないのと同じことです。
ですが車幅や道路幅などの運転時の感覚は、常時ハンドルを握っていないとどんどん薄れていくもの。
ましてや闘病明けの身。その状態でいきなり長距離を運転するのは、ペーパードライバーにいきなり長距離を運転しろと言っているのと同じことです。
始めのうちは慣れた近所を少しずつ運転し、感覚を徐々に取り戻してから長距離に挑戦したほうが安全です。
生活の足であるからこそ、運転復帰はより安全で確実な方法で行っていく必要があります。

太陽光は自然の恵み!毎日たっぷり浴びてうつとサヨナラ!

太陽……世界中誰の上にも平等に存在する、自然の恵みですね。
地球は太陽がなければ誕生していなかったと言われるほど重要な存在ですが、それだけあって太陽にはたくさんの力が秘められています。
うつ病の人ももちろんその恩恵を受けられますし、むしろうつ病治療に太陽はとても有効です。
女性の美容にとっては大敵かもしれませんが、上手に太陽の光を活用することでより健康でいられるんですよ。

(自然の恵みは体のバランスを調整する薬!)
太陽の光はうつ病で起こりがちな不眠にとても有効です。
特に朝日を浴びると、狂ってしまった体内時計を正常に戻す働きがあり、うつ病でなくとも不規則な生活で夜型になってしまった時などに大変効果的なんです。
太陽の光を浴びると、睡眠を促すホルモン『メラトニン』が減少し、脳が覚醒するからです。
体のバランスを調整するためのいい薬と言えそうですね。起きたらまずカーテンを開けることを習慣づけたいものです。
また、太陽光に含まれる紫外線を浴びることで、人の体内ではビタミンDが生成されます。
ビタミンDは骨を作るために不可欠な物質で、それ以外にも免疫力を高める効果もあるので、健康を維持するために不足しないよう気をつけたいものの一つ。
それが太陽の光を浴びるだけで出来上がるのですから、適度な日光浴は是非やっていきたいところです。

(太陽の光がセロトニンを増やす?)
太陽光が人の目に入ると、網膜を通じて光の刺激が脳に届き、セロトニン神経を活性化させます。
セロトニンとは脳内物質の一種で、いわゆる『癒し物質』。うつ病の人はこのセロトニンが極端に少ない状態にあり、それを服薬などで補うわけですが、太陽の光を浴びることでもセロトニンの分泌を増やすことができます。
セロトニンは食べ物から摂取することができず、体の中で合成するか、抗うつ剤のような薬で補うしかありません。
そんなセロトニンの分泌を太陽光は助けてくれるわけです。
うつ病の人向けに、太陽光に近い光を浴びる『光療法』というものが存在するほど、光の刺激は大切なもの。
太陽は毎日規則正しく運行しているので、人間側がそれに合わせる必要がありますが、毎日30分ほどは是非太陽の光を浴びるようにしましょう。
何しろ太陽光は黙っていても外に出れば降り注いでくるもの。何の手間もいらず、おまけにリーズナブルです。
それでセロトニンの分泌が促されるのなら、これを利用しない手はありません。

(日照が足りないとうつになる!?)
体内時計のバランスを調整し、セロトニンの分泌を促す太陽の光。もしそれが少なくなってしまったら……?
実は世界的にみて、太陽の出ている時間が少ない北国のほうが、うつ病の人が多いとも言われています。
太陽光の照射時間が少ないことで生成されるセロトニンの量が相対的に減り、うつ病になりやすいということでしょう。
それほどまでに太陽の光というのは人の体に大きな影響を与えるのですね。

(冬に起きる『冬季うつ病』は抗うつ剤より光が大事?)
日照時間がうつ病に関係するのをまるで裏付けるように『冬季うつ病』というものが存在します。
冬になると起こってしまううつ病のことで、一般的な抗うつ剤はあまり効果がありません。
また、通常うつ病の人は不眠に悩まされがちですが、冬季うつ病では眠気が増えて過剰睡眠になることが多々あります。まさにクマが冬眠をするような状態ですね。
日照不足が脳内物質のバランスを狂わせるのが一因とされる冬季うつ病は、抗うつ剤よりも太陽の光を浴びるほうが効果的だと言われています。
冬になったらなんとなく気だるい、やる気が起こらない、やたらと眠くなる……そんなあなたは冬季うつ病かもしれません。
寒い冬こそカーテンを開けて、太陽の光を存分に浴びましょう。

(太陽の光を浴びる時に注意したいこと)
いいことづくめの太陽の光ですが、デメリットもあります。
冒頭で述べたように女性の美容には大敵、その理由が過度の紫外線です。
特に春先から夏場にかけての紫外線は強いため、日光浴をする時には紫外線対策を十分にしたほうがいいでしょう。
強すぎる紫外線は肌の細胞に悪影響を及ぼし、メラニン細胞を刺激してシミなどの原因となってしまいます。
また、夏場には熱中症や熱射病にも気をつけたいところ。
あまりに長時間の日光浴は避け、30分から1時間程度に留めておいたほうが無難です。
ビタミンDやセロトニンの生成に必要なだけの太陽光は、なにも真夏の直射日光の下にいなくても、屋外の日陰にいる程度でも十分に得ることができます。
何事もやりすぎは禁物。ほどよく太陽光を取り入れて、心も体も健康になりましょう。

無気力、無感動……心が動かない時は自然に触れる趣味を!

息抜きに趣味や好きなことをしようと言われても、それまでの趣味すら楽しめなくなるのがうつ病というもの。
『昔は楽しかったのに、どうしてこんなに楽しめなくなったのか……』と鬱々とした気持ちを抱えるくらいなら、いっそ新しく趣味を始めてみませんか?
簡単に始められて無心になれる、そんな趣味があるんです!

(意外と気楽に始められる『園芸』をやってみよう)
園芸……というと、大きなプランターを用意したり、なんだか大掛かりな印象を受ける人もいるでしょう。
確かに本腰を入れてやる人の中には、庭全体をコーディネートするガーデニングにまで発展し、大掛かりにやっていることもあります。
ですが元々園芸は、植木鉢ひとつで始められる趣味。
小学校の頃、夏休みに朝顔やひまわりを育てたことはありませんか? その程度の規模で十分なんです。
植木鉢は100円ショップで簡単に手に入りますし、土も今は小分けしたものがホームセンターなどに売ってあります。
世話も基本的には水をやるだけ。外に出なくてもベランダや場合によっては室内でもできる、特別難しい技術のいらない誰でも楽しめる趣味、それが園芸なのです。

(手軽に自然と触れ合える)
また、園芸は手軽に植物と触れ合える、自然を楽しむことのできる趣味でもあります。
人工物に囲まれてばかりの暮らしの中では、たとえ小さな自然でも触れ合うだけで心がほっと和むもの。
かわいらしく健気に咲く花に癒されたり、たくましく伸びる姿に励まされることもあるでしょう。
植物園などに出かけるとなると、一日がかりで遠くまで……ということになり、外出が苦手なうつ病の人は疲れてしまいます。
手軽に自宅で、しかも一人で楽しめる園芸はうつ病の人にも向いている趣味といえるのではないでしょうか。

(土いじりは無心になれる)
もう一点、うつ病の人に園芸が向いている点、それは土いじりをしていると無心になれるというところです。
何も考えずただ黙々と土を掘り続けるような作業は、心をからっぽにしてひたすら人を無心にさせます。
黙って横になっているとつい考えてしまう心配事や浮かんでくる不安……そういったものから一時離れることのできる、貴重な時間となることでしょう。
また、土の感触は手に優しく、どこか懐かしい気持ちにさせてくれるもの。
触れていることで優しい気持ちになり、心の落ち着きを得ることだってできるのです。

(育てられた達成感と喜びを得られる)
特に花が咲くものや実が付くようなものは、がんばって世話をした結果が明らかに目に見え、深い達成感や喜びを得ることができます。
綺麗に咲いた花や実った果実は、あなたに『自分にもできた』という満足を与えてくれるでしょう。
自信を失いがちなうつ病の人には、それはとても必要なもの。
はっきりと目に見える形で努力の足跡が見えるというのは、非常にわかりやすいと言えますね。

(簡単に育てられるものから始めよう)
園芸は本格的に手を入れようと思えば、いくらでも手を入れられる奥深い趣味です。
ですがうつ病の人が初めからそのように手をかけようとすると、不調の波にあおられて挫折してしまうことも。
好きでしていたことが『やらなければならない』になってしまっては元も子もありません。
まず始めは、育てやすい一年草が良いでしょう。
一年草というのは、文字通り一年限りの花。その季節限りになってしまいますが、長期間世話をして維持を続けるのはうつ病の人には難しいことなので、これくらいから始めたほうが丁度いいでしょう。
また、できるだけ丈夫であまり手をかけなくてもぐんぐん育ってくれるようなものがよいと思います。
小学生でも育てられる朝顔やひまわり、園芸店でも安く売られていてよく伸びる日々草などおすすめです。
冬場から春先にかけてはパンジーも丈夫な花ですね。
虫が苦手な人なら、虫がつきにくく丈夫なハーブなどもいいのではないでしょうか。

(発砲スチロール箱で育てる身近なお勧め野菜)
ところで、せっかく育てるのなら何か有益なものを育てたい……とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
そんな方には是非、小葱をおすすめします。
小葱は丈夫ですし香草なので虫もつきにくく、水だけでもぐんぐん育ちます。
何より大掛かりなプランターを用意しなくても、近所のスーパーなどで『ご自由にお持ち帰り下さい』と置かれている発砲スチロールの箱でも育てることが可能です。
さらに、伸びた葱は切って食卓に利用することもできますし、家族にも貢献できます。
切る時に根元を残しておけば、またぐんぐん伸びてきて収穫することができ、何度でも楽しむことができます。

(うまくいかなくても落ち込みすぎない!相手は生き物です)
園芸といえば、小学生の頃に朝顔やひまわりを枯らしてしまい、苦い思いをした人もいるでしょう。
あなたがいざ園芸を始めても、始めのうちはうまく育たないかもしれません。
ですがそこで『私はこんなこともできないなんて』と落ち込まないこと。
よく考えてみてください、園芸のプロともいえる農家の人だって、不作の年というのがあります。本格的に園芸を趣味にしている人だって、花が咲かなかった……なんてこともあるんです。
何しろ植物とはいえ相手は生き物。自分以外の命がなんでも自分の思ったように育ってくれるかといえば、そんなことはありません。
もちろん相手は生き物ですので、せいいっぱい世話をすることは大切です。
でも、うまくいかないことだってある。それを肝に銘じて、楽しんめるといいですね。

心の記録を残して自分と向かい合う!『闘病ブログ』のすすめ

うつ病患者の体調や気分は、その日その日で変動するもの。昨日はある程度動けたのに、今日は布団から起き上がる気力もない、というのはよくあることです。
そしてそんな状況を次の通院日には伝えたいと思っても、うつ病でよくある『健忘』というもの忘れの症状により、覚えていないなんてことも多々あります。
また、心の中に浮かんだもやもやをどこかに吐き出したい、誰かと話をしたいけどうまく話せないといったこともあります。
そんな時あなたの役に立つのが『闘病ブログ』の存在なのです。

(何故『ブログ』なのか)
記録を残すにしても、何故『ブログ』なのでしょう。
それは、ペンを持って文章を書くと、どうしても『頭で考えてしまう』からです。
いい文章を書こうとして余計悩んでしまったりしますし、手書きだと何度も修正したくても手間になってしまいます。
それが億劫で書くのをやめてしまったり、書けなくなってしまうなんてよくあることです。
その点キーボードの入力は、書くというより作業に近いものがあり、頭をさほど使わず浮かんだことをどんどん入力していくことができます。
修正も、変えたいところを選択してデリートキーを押すだけの簡単仕様。
手書きよりも気軽に手軽に文章を書けるのがブログのメリットです。
また、ブログにはテンプレートといってデザインを簡単に変更できるツールもあり、その時の気分などによって好きなデザインにすぐ変更することもできますから、ちょっと気分を変えたいな、という時にも便利です。

(心を文章にすることで自分の考えに客観的になれる)
うつ病との闘病記録を残すことは、自分のこれまでの病状を振り返ったり回復の経過を知るために大いに有効です。
何より自分の気持ちや状況を文章にすることで、それらと一歩距離をおくことができ、自分を客観視するのにも大変役立ちます。
書くときは自分の感情のままに、思い浮かんだことをどんどん書いていき、それを後で読み返すことで『こんなことを思ってたのか』『この時はこう思ってるけど、果たしてどうなんだろう』などと、自分の心に対して冷静な目で向かい合い、考えるわけです。
闘病ブログには、ただ自分の状態や食事の内容といった『状況の記録』だけではなく、自分が感じたことや漠然と浮かんだ考えなど、心の動きも書いておくと良いでしょう。
実際、うつ病の時はさほど活発に動けませんし、頻繁に外出するわけでもなく変化のない日々が続くので、日常の大事件を書こうと気負ったら何もない状況に行き詰まり、続かなくなってしまいます。
ぼんやり空を見上げていて思ったこと、浮き沈みする不安などを書いたっていいのです。

(無理して続けようと思わず、書ける時に)
パソコンを立ち上げたり携帯電話を握ってブログを書くことは、それなりにエネルギーが必要です。
今日は不調で書けないな、と思ったときは休むことも必要です。
毎日必ず書き続ける必要はありませんし、むしろブログを書くことを義務のように感じてしまっては逆効果。
自分の好きな時に思ったことをちょっと書ける呟き帳、くらいの気軽な気持ちでいるのばいいでしょう。

(ブログを通じて同じ病気の人とコミュニケーション)
ブログにはパスワードをかけて一部の人にしか公開しない機能もありますが、一般的には公開していることが多いでしょう。
ブログを登録する際のカテゴリ分けやランキング、検索などであなたのブログに辿り着いた知らない人の目に入ることになるわけですが、そこからコミュニケーションが生まれることだってあります。
ブログには第三者からのコメントを受け付ける機能があり、例えば同じ病気で苦しんでいる人、うつ病を克服した人、そんな人たちがあなたのブログを読んでコメントをくれるかもしれません。
そこで生まれたやりとりから考え方を変えるヒントを得たり、つらい時にお互い励ましあうことで救われたりすることもあるのです。

(ブログを書く時に注意したいこと)
闘病ブログを書く時に、気をつけておきたいことがいくつかあります。
まずインターネット上の不特定多数に公開するわけですから、自分や身近な人たちの個人情報の取り扱いには十分気をつけること。
昨今、ブログでの発言が原因でネット上で大騒ぎになり、退職にまで発展する事例も見受けられるように、不特定多数の目に入る場所で自分の個人情報を晒しすぎては、最終的に自宅や勤務先まで特定されかねないのです。
写真をアップロードする時も気をつける必要があります。
携帯電話によっては、撮影した写真に位置情報が付属されるものがあるので、そのような機能はOFFにして撮影しましょう。
ブログ上で自分を含む特定の個人名を出して、その人生活の状態を詳しく書きすぎたりしないことに気をつければ大丈夫かと思います。
また、不特定多数の人が目にする点を考慮して、あまりにも不快になる写真を掲載するのは避けておいたほうが無難です。
自傷した傷跡を写真にとってブログに載せる人もいますが、いくら記録とはいえオープンに載せるべきものではありません。

(ブログがだめなら日記やメモでも)
ネット上で自分の書いたものを公開するのは怖い、キーボードや携帯電話で文章を書くのに慣れていないという人は、絶対にブログでなければだめだということはありません。
中には手書きの文章のほうが向いているという人もいますし、そんな方は通常のノートに書く日記や、メモ帳に数行のメモという形でも大丈夫です。
『記録を残して振り替える』ことができればいいわけですから、その形態は自分に合ったものならばいいのです。

甘え上手はうつ病知らず!?上手に甘えて心の負担を軽くしよう

もしも誰かに何をしてもらったり助けてもらったり……そんな時あなたはまずなんと言いますか?
『ありがとう』それとも『ごめんなさい』、どっちですか?
ここで真っ先に『ごめんなさい』と言ってしまったあなたは、甘え下手ではないでしょうか。
甘えることが極端に下手だと、様々な負担が心にかかって無意識のうちにストレスも溜めやすいもの。実際、うつ病になる人の中には甘え下手な人が数多くいます。
ということは逆に、上手に人に甘えることで心の負担を軽減することだってできるんですよ。

(うつ病患者こそ『甘え下手』)
うつ病に対する偏見のうち非常に多く言われるのが『うつは甘え』という考え方です。
仕事や学校を休み、布団の中や自室でただ黙って寝込んでいる姿をそのように言われるわけですが、そういう人たちの『甘え』の基準はどこにあるのでしょう。
うつ病ではなく活動的で明るい人でも、甘えている人はたくさんいます。
『うつは甘え』と言う人は、ただ活動的であるかそうでないかだけで、判断していませんか?
もしももっと甘え上手だったとしたら、その人はうつ病になっていなかったはず。
何故なら、甘えるということは本来自分がやるべきことを他人の手に任せたり、いわゆる我侭を押し通したりするわけですが、そのどれもがうつ病の人にとって非常に苦手なことだからです。
なんでも自分だけで解決しようとした結果、自分の限界が見えずに頑張り過ぎたり、それでもできない自分に落ち込んでしまったりする傾向にあるうつ病患者は、限界までたくさんのものを抱え込んでも、それを他人に振ろうとはしません。
できないのは自分が至らないから、がんばりが足りないから……人に頼むのは申し訳ない、頼むことで『この程度もできないのか』と思われたらどうしよう、そんな気持ちが他人へ甘えることを拒否させるのです。
今はうつ病でなくとも一人でなんでも抱え込んでしまいがちな人は要注意です。

(甘え甘えられる関係は信頼のバロメーター)
見ず知らずの他人に気安く甘えることは難しいですが、親しい友人や家族になら甘えやすいのではないでしょうか。
それは生きていく上で誰もが無意識にやっていること。むしろそうやって甘えられる相手であるからこそ、友人や家族との仲も円滑にいくというものです。
『甘える』ということは、自分の抱えたものをいくらか相手に預け、相手がそれを受け入れることで成立します。
相手が拒絶すればそこで終わってしまうわけですから、お互いの関係性の深さを測るバロメーターであるとも言えるでしょう。
ここで注目すべきは、相手とは『甘え甘えられる関係』であること。自分の荷物を半分もってもらう代わりに、相手の荷物を半分持ってあげるような関係がベストと言えるのではないでしょうか。

(分け合うことで心の負担を軽くする)
前述したように、互いの荷物を分け合って持つような関係性の相手に甘えることは、お互いの心の負担を軽くするのに有効です。
自分のつらさをちょっとだけ請け負ってもらう代わりに、相手のつらさも少し請け負う。
ただ一方的にどちらかが甘えてばかりでいると、片方はただ疲れてしまいます。それは良い甘え方とは言えません。
また、何もかも全てを相手に丸投げしてしまうと、抱えた荷物が重すぎて相手は潰れてしまいます。
『相手の負担にならない程度に、時々、少しだけ』が基本。
ここの匙加減を間違えてしまうと『甘えるな』ときつく叱られたり、関係を遠ざけられたりすることに繋がります。
他人の目を気にしがちなうつ病の人には、その部分を恐れて甘えることができない、という人もいます。
ですが匙加減さえ間違えなければ、親しい相手に甘えられて『ありがとう』と言われることで極端に不愉快な思いをする人はそうそういません。
大切なのは甘える度合いと、いざとなったら相手の甘えを受け入れようという気持ちです。

(『ごめんなさい』ではなく『ありがとう』)
甘えさせてもらった時、あなたが言うべき言葉は『ごめんなさい』と『ありがとう』、さてどちらでしょう。
ここは是非真っ先に『ありがとう』と言っておきたいものです。
時々、何をしてもらっても『ごめんなさい』しか言わない人がいますが、そういう人の心の根底には、ひどく自分を卑下する気持ちが眠っていることがあります。
『こんな私があなたの力を借りてごめんなさい』と、まるで自分が悪いことでもしているかのように謝ってしまうわけですが、何の気なしに手を貸した方としては、悪いことをされたわけではないのに謝られてもなあ、という気持ちになることが多々あります。
『手を貸してもらって申し訳ない』ではなく『手を貸してもらって助かった、ありがとう』という感謝の気持ちこそ、相手に伝えるべき心。
申し訳ないという気持ちばかりが先立って甘えられない人は、一歩引いて客観的になってみて下さい。
自分自身が自分の価値をどう思っているのか、他人の手を借りるに値しないような人間だと、自分を卑下していないかどうか。
口癖のように『ごめんなさい』をしてしまっては本来の意味も薄れてしまいますし、手を貸した相手も恐縮してしまいます。

(『依存』にならないよう要注意!)
甘える時に最も大切なこと……それは、相手に『依存』してしまわないこと。
ほんのちょっと荷物持ちを手伝うはずったのに、いつの間にか全部荷物を持たされていた……なんてことになっては、相手にかかる負担は相当のものです。
特に物理的にではなく、精神的な甘えが相手への依存になると、依存されたほうがうつ病になってしまいそうなほど、相手の心に負担がかかります。
やっかいなのはこの依存、自分では非常に気がつきにくいのです。
『最近あの人に頼りすぎていないかな』『あの人がいないとむやみに不安に襲われたりしてないかな』などと、常に自分に問いかけて、相手への依存度を自覚するように心がけましょう。

あなたの言葉が最後の砦!『自殺したい』と言われた時の対処法

ある日突然、身近な人から『死にたい』と言われたら、あなたはどうしますか?
あまりに急な重たい言葉に、なんと言葉を返していいのか戸惑う人がほとんどではないかと思います。
こんな時どう言葉をかけたらいいのだろう……下手なことを言って本当に実行されたら……そんな戸惑いや不安などから何も言えなくなったり、逆に死なれたくない思いからついつい叱咤してしまったり。
自殺したいと願うほど心の追い詰められた人には何を言っても届かないような気がしますが、あなたの言葉が最後の砦となって相手を救うことだってあるのです。

(何故『死にたい』のかまずは向かい合って話を聞く)
疲れきった顔で突然『死にたい』と告白されたら、『何故』と理由が気になってしまう人は多いでしょう。
実はその疑問は、相手に直接ぶつけてしまって構いません。
『どうしてそんな風に思ったの?』この言葉を切っ掛けに、相手が自分の心の内を少しずつでも話し始めたら、自殺を思い止まらせる第一歩目を踏み出せたと言ってよいかと思います。
『死にたい』という告白の裏側には『助けて欲しい』という意味合いが含まれていることが多くあります。
誰にも告白することなく突発的に死を選ぶ人もいる中、まずは『よく話してくれた』と告白してくれた勇気を褒め、その人が死を望んだ背景にいったい何があるのかを、じっくり聞きましょう。
心の内を吐き出すのに時間がかかるかもしれませんが、まずは辛抱強く、相手の話を聞いてあげてください。

(不用意な励ましはNG!)
相手の話を聞いている最中に『そこはもっとこうしたら』『ああしたらいいのに』などと言いたくなるエピソードが出てくるかもしれません。
ですがそこはぐっと我慢。不用意に『もっと頑張ってみれば』などと励ましたり、言葉を遮ってアドバイスするのはNGです。
相手が全て話し終わるまで、あなたは聞き役に徹してください。
もしアドバイスをするのなら相手の話が全て終わった後、慎重に言葉を選びながら行いましょう。
この時、いわゆるうつ病の人にかけてはいけないと言われている『頑張れ』『気の持ちようだ』などといった言葉や『死ぬ気になれば何だってできるよ』という励ましの言葉は使わないように。
相手は十分に頑張った結果、絶望してもう死にたいと思っているのでしょうし、『死にたい』という気持ちになるほど追い詰められているのは気の持ちようでどうにかなる問題でもありません。

(『私にとってあなたは必要』『死んで欲しくない』とはっきり伝える)
十分に話を聞いたら、今度はあなたの気持ちを伝える番です。
この時曖昧な言い方ではなくはっきりと『死んで欲しくない』と伝えるようにしましょう。
ただ漠然と『親からもらった命なのに』『死んではだめだ』と一般論を言うのではなく、『あなたは私に必要な人だから死んで欲しくない』などと、より具体的に言葉をかけたほうが良いです。
漠然とした言い方では、特に追い詰められがちな人では『自分には死ぬことすら許されないのか』と自棄になり、攻撃的な感情や衝動が沸き起こってしまうこともあります。
死のうとしている人に曖昧な一般論的な言葉をかけても効果はありません。あなたの心をむき出しにしたような率直な言葉で、あなた自身の『死んで欲しくない』という気持ちを伝えることが大切です。

(『自殺したい』と言う人、言わずに実行してしまう人)
ところで、自殺したいと言葉で言う人と言わずに実行してしまう人に何か違いはあるのでしょうか。
最も大きい差は衝動的であるかどうかという点ですが、『死にたい』と言葉に出して言う人はまだどこかに救いの可能性を求めているように感じられます。
黙って行動してしまう人は、もうはっきりと自分の中の答えが決まってしまった人。
ですが誰かにそれを打ち明けるということは、『死にたい自分』のどこかにわずかならがも心の葛藤があります。
『もし救われる道があるなら救われたいけれど、自分ではもうこれしか思い浮かばない』という葛藤と絶望を同時に抱えているような状態です。
ここでもし誰かが話を聞いたり手を差し伸べたりすることができれば、その人は自殺を思い止まることができるかもしれません。
『死にたいという人に限って死なない』と中傷する人もいますが、それは間違いです。
『自殺したい』は、はっきりとしたSOSの言葉。そこに救いが現れなければ、そのまま命を絶ってしまうことは十分にありえます。

逃げることは悪じゃない!心を守るための回避方法を身につけよう

目の前に困難な状況が立ちはだかった時、逃げ出したくなるのは人としての心理です。
ですがそこで逃げ出さず、立ち向かうことこそ人のあり方だとする考え方が多いのもまた事実。
中には逃げ出すことはまるで悪だとでも言うように、『困難から逃げてはいけない』とする人もいますが、少し冷静になって考えてみてください。逃げ出すことは本当に悪なのでしょうか?

(心が耐え切れない時は逃げることも重要!)
目の前の困難から逃げ出さず立ち向かうことこそ良し、逃げるのはだめだとする人へまず聞きたいのです。
果たして全ての事柄から逃げることなく生きている人がどれだけいるでしょうか。
物事に立ち向かう時には、それに対処するための手段を考え得るだけの心の余裕があることがまず前提です。
何も考えられないほど混乱し、弱った状態で『さあ立ち向かえ』と言われても、足をくじいているのに全力で走れと言われるようなもの。
そこで無理をすれば転んで骨折するかもしれませんし、怪我がもっとひどくなるだけ。
『逃げるが勝ち』という言葉もあるように、時には『逃げる』という選択肢が必要な時もあるのです。
何事にも全力なのはすばらしいことかもしれませんが、上手に回避するすべを身に付けることもまた大切なことなのです。
特に、うつ病になりやすいような人は真面目だったり完璧主義であることが多く、『逃げてしまう自分』がとてつもなく駄目な人間に思えて自虐したり、逃げることを知らずにぎりぎりまで頑張りすぎて、ある日突然ぼっきり折れてしまうこともあります。
上手に逃げる方法は、時にあなたの心を救います。

(一旦逃げて冷静に体制を立て直す)
『いったいどうしたらいいんだろう……』と混乱し呆然とするほどの困難と出会った時は、立ち向かうために一旦逃げるという手があります。
パニックになった状態では冷静な判断もいい解決策も見つかるものではありません。
一旦問題から距離をおき、心を落ち着けてから改めて問題と向き合うと、混乱の中では見えてこなかったものがたくさん見えてきます。
問題を解決するために一度逃げて冷静になる方法があることも、知っておいてください。
何の解決策もないのにただがむしゃらに立ち向かおうとしても、かえって問題を悪化させることもあります。

(立ち向かうべきことと、逃げることをはっきりさせる)
とはいえ、全ての問題をただただ逃げてやり過ごすわけにはいきません。
逃げて問題を放棄することで余計事態が悪化したり、取り返しの付かないことになるケースもあります。
ここで大切なのは逃げる匙加減。どの問題が逃げたほうがいいものなのか、どの問題が総力を尽くして立ち向かうべきことなのか、その区別を自分の中ではっきりつけて、見極めることが必要です。
例えば、たとえうつ病の患者だとしても、自分自身の病気をただ放置していては治るものも治りません。
積極的に治療をし、自分の病気という問題には向かい合っていかなければ社会復帰も望めないまま。
逃げずに立ち向かうべきこと、心を守るために回避すること、これらをはっきりさせることは最終的に自分自身を守ることになります。

(ストレスフルな人間関係は『逃げてもいい』と心得る)
一度こじれるとややこしい、誰もが遭遇する身近な問題として人間関係があるかと思います。
実は人間関係の問題こそ、見極めによって回避すべきケースを大いにはらんでいると言えるでしょう。
あなたが誰かとの関係をこじらせた時、一歩引いて考えてみてください。
こじれた相手は、これからも付き合っていきたい人ですか?こじれた今日までのその人との関係やお互いの考え方はどうでしたか?
もしも相手と関係を続けるのに、心に負担がかかるほどの我慢を強いられているといった不愉快な状況が多くあるなら、あなたはその相手から逃げることを考えてもいいのです。
付き合っていく中で不愉快な思いばかりしてしまう相手と、どうして親しくする必要があるのでしょう。
社交辞令程度の距離感では何故いけないのでしょう。
人間関係で問題が起きた時は、その相手との関係を冷静に見つめなおすチャンスでもあります。
熟考した結果、『この人とは付き合わなくていい』と判断したのであれば、そっと距離を置いてその関係から『逃げる』ことは決して悪ではありません。

(仕事、お金、日々の生活……逃げられない問題とは距離を置いて冷静に)
正直もう逃げ出したいけれど、逃げるわけにはいかない問題というものもあります。
仕事に関するものやお金、日々の生活など、あなたが生きていくのに必要なものに関して発生した問題です。
これらは自分の生活そのものに直結するため、他の問題よりもより、焦りや不安が大きくなりがちで、心にもより負担がかかります。
とはいえこれらから逃げ出していては、最終的にあなた自身が生活に困り路頭に迷うことにも。
心に大きな負担がかかり、かつ逃げるわけにはいかないこれらの問題とは、より冷静に距離を置いて付き合っていくことが非常に大切です。
焦ったり必要以上に不安になり、心が折れ、これらの問題が原因となってうつ病を発症することだってあります。
大変な問題だからこそ心に余裕を持ち、より高い判断力で問題の解決にあたることが必要で、そのためにはまず渦中から一歩引くことです。
あまりにも主観的になりすぎ、どうしようどうしようとパニックに陥ってしまっては、悪い結果しか生み出せません。

全てにおいて大切なのは、起こった問題との距離をどうとるかです。
なんでも全力でかかって返り討ちに遭い、『自分はこんなことも解決できない』と折れるよりは、問題の本質を見極めて取捨選択することも時には必要です。

『うつ病でも生活がある……』闘病しながら働くためのポイントとは

たとえうつ病になったとしても、命がある以上自分自身の生活があります。
はっきり言ってしまえば病院に行くにもお金が必要で、それは自分でなんとかしなくてはなりません。
実際、うつ病と戦いながら必死に仕事に行っている人は少なくありません。
では闘病しながら働く時に、どのような点に気をつけたら良いのでしょうか。

(職場に告白するかしないか)
うつ病のことを職場に告白するかしないか……この問題はうつ病の人にとって大変悩むところです。
通院などの時間は確実に確保したい、でもうつ病であることを告白することで、不利な扱いを受けるのではないか……。
一般的に随分認知されてきたとはいえ、やはりまだまだうつ病に対する偏見や無理解などは付きまとうのが現状。
また、うつ病であると告白され、職場がどのような対応をするのかも、特に前例がない場合などは図りかねるところで、実際うつ病であることを職場に隠し、通院しながらどうにか仕事を続けている方も多くいます。
職場の制度があらかじめ整っている場合は、告白することにそう恐れはないでしょうが、そうでないケースもやはりまだ数多く、難しい悩みと言えます。
ですが、もし会社に相談しなくては通院時間を確保できないような場合、勇気を持って告白し話し合いをする必要があるでしょう。
告白する時は慎重に、通院して適切な治療を受ければ出勤を続けることは可能なことを前提として話をすれば、少しは通じやすいかもしれません。
また、単純に直属の上司に言うのではなく色々な上司と話してみて、うつ病などに対する理解を感じられたあなたの信頼する人にまずは相談してみるといいでしょう。
自分の病気について知っており、それに理解を示してくれる人を作っておくと、後々闘病しながら仕事を続ける上で支えとなります。

(飲み会など人と関わり疲れやすい行事とはほどよく距離をおく)
職場では仕事以外に飲み会や行事など、様々な人との関わりが生まれます。
ですが休日が飲み会で潰れ、翌日の仕事に出られないほど疲れてしまうこともうつ病の人にはありえること。
とはいえそれら全てを断っていても、職場の人とコミュニケーションが取りづらくなってしまったりもします。
例えば飲み会なら時には一次会だけでも参加するなど、自分なりに上手に距離を置きながら人の輪に関わっていくことが大切です。
人と関わることで疲れやすいうつ病の人ですが、同じ職場で働く人と仕事の愚痴を言い合ったりすることで、仕事に関するストレスを多少なりとも解消できることもあります。
ただし毎回終わりまで参加していては、あなたの心の疲労度のほうが高くなってしまうでしょうから、自分の体調と相談しつつ、臨機応変に。

(休日は予定を入れずにいつでも休めるようにしておく)
うつ病の人は非常に疲れやすく、毎日の仕事をこなすのでやっとという人も多いでしょう。
休日はできるだけ予定を入れずに、まる一日自分のために使えるようにして、十分な休養や気分転換をしましょう。
仕事で疲れたところに休日も予定がいっぱいでは、少しも休めた気になれず心がオーバーヒートしてしまいます。
そうならないためにも、仕事を続けていくためにも、十分な休養はうつ病患者には不可欠です。

(仕事での評価イコールあなたの人間性の評価ではない)
うつ病を抱えながら仕事をしていく中で大切な心構えがあります。
それは、仕事の評価とあなた自身の人間性の評価は、決してイコールではないということ。
例えば仕事でミスをし、それで上司にひどく叱られたとしても、それはあくまで仕事上での注意であって、あなたの人間性まで否定しているものではないということを、肝に銘じておきましょう。
うつ病の患者は自分を責める傾向にあります。そこから後ろ向きな考え方がエスカレートし、最終的に自分の全存在を自分で否定するような考えに陥ってしまいがち。
ですが上司は、仕事のミスであなたを叱っているのであって、あなたの存在を否定しているわけではありません。
うつ病の人は失敗を恐れたり他人からの評価を気にしがちなところもあり、叱られることイコール自分は悪だという評価を自分に下してしまうことがままありますが、それは危険な考えです。

(最低限のコミュニケーションは欠かさない)
うつ病になると、人と話すのが億劫になったり人を怖く感じたりすることもあります。
ですが仕事は人とかかわりあいながらこなしていくもの。
職場の中で人の輪からひとり外れてしまうと、仕事が非常にやり辛くなり、また通院などで休みをもらった時などにもなかなか理解を得られにくいです。
どんなに話すのが億劫でも、必要最低限の挨拶は欠かさないなどのコミュニケーションを取り、同僚たちとの職場内での関わりは断ち切らないようにしておきましょう。
職場であなたが急に辛い気持ちになった時、助けてくれるのはその同僚たちかもしれません。
また、中にはうつ病に対して理解ある人もいるかもしれません。
同じ仕事をしている者同士でなければ分かり合えない仕事の悩みもあるでしょう。
最終的に人を助けるのはやはり人。世間話に花を咲かせることは難しくても、毎日挨拶をするだけでそこには繋がりが生まれます。

うつからの復帰のために~折れたプライドと自信を取り戻そう!

うつ病から社会復帰をする時に、まず壁になるもの……それが折れてしまったプライドと自信のなさ。
『自分は何をやってもだめだ』という考えに陥りがちなうつ病患者の多くが、病気になってからその自信を失い、プライドがへし折れてしまった状態になります。
その状態でいきなり社会復帰しろと言われても、俄然無理な話。
では社会復帰のために、どのようにプライドと自信を取り戻していったらよいのでしょうか。

(折れたプライドと自信のなさが、全ての活動に後ろ向きにさせる)
『どうせ自分は何もできない』……そんなネガティブな発想と一度折れたプライドは、そうたやすく取り戻せるものではありません。
うつ病にかかる人の中にはゼロか100かの完璧主義者が多く、そのような人は無自覚にプライドが高いことが多くあります。
高飛車だというわけではなく、自分自身の行動力などに対するプライド。
『自分はもっと努力できるはず』『もっとがんばれるはず』などと自分に対する理想像が高く、本来の許容量を見失って頑張りすぎてしまったり、できない自分の現実を知って『自分はなんて駄目な人間なんだ』と落ち込んだりするのです。
また、周囲から『できる人間であること』の理想を押し付けられて育ち、『できる人間でなければいけない』などという思い込みの強い人もプライドが折れたり自信を失いやすいもの。
そのような人たちは折れてしまったプライドを建て直し、自信を取り戻さなければ、失敗を恐れてなかなか社会復帰のための活動もできなくなります。
『できるはずだ』という思考は『失敗は許されない』という考えにつながり、そこから『失敗への恐れ』が生まれてくるのです。

(まずは家庭内の『役目』から始める)
それまでうつ病で寝たきりだったのに、突然外に働きに出ることは困難なことが多いかと思います。
まずは家庭内で自分の役割を決め、それを毎日実行することから始めていくといいでしょう。
毎日決められた役割を果たすことで規則正しいリズムを取り戻し、自分の存在が必要であるという自信をここで身に付けます。
初めのうちは負担にならない軽いものから始め、徐々に外に出る用事や家の中で重要な役割にシフトしていくのが望ましいです。
いきなり難しいことから始めようとしても、高いハードルにしすぎてそれをこなせなかった場合、余計自分に自信がなくなってしまうだけです。
設定するハードルはできるだけ小さなものから始めましょう。
何より『できた』という自信を重ねていくことが大切です。

(周囲の声を聞き流す勇気を持つ)
うつ病の患者は、他人の言葉に敏感に反応します。
あなたがうつ病から復帰しようと努力している時、外から聞こえてくる言葉は残念ながら好意的なものばかりとは限りません。
たとえそれがあなたことを直接指しているわけではないとしても、繊細になりがちなうつ病患者は、自分を責めているのだと受け取ってしまうことがあります。
回復しかかったところで心無い言葉に傷つき、またへし折れて自信もプライドも砕けてしまう……。
そのような外野の意見を、時に聞き流す勇気を持つことは非常に大切で必要なことです。
例えば、うつ病に理解のない家族と同居し、毎日のようにうつ病のことに関して非難を受け続けているとします。
その言葉のひとつひとつを全て鵜呑みにし、自分はだめな人間だとそのたびに思い込んでしまっては、うつ病から復帰するのが困難になってしまいます。
病気である期間が長ければそれだけ非難され続け、余計病気が悪化する……そんな悪循環に陥ってしまうことも。
そのような言葉は聞き流してしまって良いのだと知る必要があります。そして実際に受け流す勇気を持つことが大切です。
たとえ非難めいた言葉を聞き流したとしても、それで非難するのはその言葉を投げかけた心無い人だけ。
世界中の人があなたを『いらない存在だ』と非難することはありません。
そんなものより、あなたに自信を取り戻させ、勇気を与えてくれる人の言葉を受け入れ、心に留めていきましょう。
最終的に自分が変わらなければ、このハードルは越えられません。

(『自分にはできないこともある』制限つきのプライドを身に付ける)
自分自身の理想像が高くなりすぎて、どうして私はこれしきのことができないんだ、と自分を責める人がうつ病患者にはいます。
失敗する自分を嫌悪し、失敗を極端に恐れるのはその理想像が崩れてしまうことへの恐怖心。
自分はいい子でなくてはならない、できる人間でなくてはならないと、周囲の基準を押し付けられた結果そのようになった人は、『自分にはできないこともある』『できないことがあってもいいんだ』と知ることから始める必要があります。
あなたは何故、全てのことを完璧にこなす超人でいなくてはならないのですか?
周囲をよく見てください、完璧な人間なんてそういません。あなたにだってできないことがあってもいいんです。
自分としっかり向き合って限界を知り、『私は何でもできるはず、できなくてはいけない』から『ここまでだったら精一杯できる』という制限つきのプライドに転換していきましょう。
何事もほどほどに。プライドは生きていくためには必要ですが、自分に対するプライドにも適量があります。
うつ病にかかりやすい人で、他人へのプライドが高すぎる人はあまりいないでしょうが、見落としがちなのが自分自身へのプライドの高さです。