うつ病

うつに軽い運動がいいと言われても……そんな時はラジオ体操!

うつ病には軽い運動がいいというのは、よく言われることです。
ですが『そう言われても外に走りに行ったりはちょっと……』という方もいるでしょう。
外出もままならないような患者には、ジョギングや散歩など外に出て行う運動はハードルが非常に高いです。
ではどうすれば?とお悩みの方、室内でもできる、誰でも知っている運動をお忘れでは……?

(室内でも手軽にできる、ラジオ体操をやろう!)
学生時代、体育の授業の前に準備運動として、または子供時代に夏休みの習慣として……ラジオ体操をしたことがない、という方はまれなのではないでしょうか。
それほどまでに日本中に広がったラジオ体操は、それ自身が体をほぐす役割があるためストレッチいらずで、室内でもできるとてもいい運動です。
『え、それは運動ではなく準備体操では?』というあなた、ラジオ体操を手抜きせず真剣にやってみてください。かなり疲れると思います。
普段動かしているようでなかなかそうでもない、肩や背中の筋肉を曲げ伸ばしすることが多いので、肩こりなどの解消にもいいですよ。
また、抗うつ剤の中には副作用で太りやすくなってしまうものもあります。肥満予防のためにも是非、うつの治療に運動を取り入れていきましょう。

(覚えている範囲だけでもOK!)
そんなこと言われてもラジオ体操やってたのは遠い昔……そういう方は覚えている範囲だけでも大丈夫。
目的は『ラジオ体操をきっちりやること』でなく、『軽い運動をすること』なのですから。
それに、体で覚えた記憶というのは、たとえうつで健忘の症状が出ている人でもなかなか忘れないもの。
ラジオ体操のあの曲を思い出し、体を動かしてみてください。
自然と次が、次がと体が動いていくのではないでしょうか。
もし次がすぐ出てこない!という人は、浮かんでくる運動をどんどんやっていけばいいんです。

(アパートの人は階下に配慮を)
今の時代、アパートやマンションに住んでいる方は多いことでしょう。そういう方はどうか階下の方に配慮を。
途中、ジャンプする運動がありますが、そこは飛ばしておくとか手の動きだけにしておく、またラジオ体操をする時に床の上で直接やるのではなく、布団などを敷いた上でやるなど、周囲への音の対策をしておきましょう。
あまりそんな印象はないかもしれませんが、ラジオ体操はかなり動きますし足の重心も頻繁に変わります。
思ったよりも階下への音は響いているもの。気をつけてくださいね。

(ラジオ体操に慣れたら他の運動も)
ラジオ体操で体を動かすことに慣れたら、徐々に運動の範囲を広げて行きましょう。
まずは外に出ること。体を起こし、動かすことが億劫でなくなったら、外出への一歩を越えやすくなります。
ゆっくりとした散歩でも、ウォーキングでもジョギングでも構いません。
動くことに慣れたら次は外に出ることが大切なのです。
うつ病はどうしても室内に篭りがちで、外出する機会が通院のみという方も少なくありません。
そこで室内で運動し、その爽快感が残っているまま外出までもっていくというわけです。
外の新鮮な空気と運動はあなたの心や体に良い刺激を与え、うつの回復に効果をもたらすことでしょう。

(どうしても布団から起きられない! そんな時は……)
とはいえ中には室内のラジオ体操すらできない、布団から起きられないという人もいるかと思います。
しかしただ布団に篭って寝ていることを続けるだけでは、全身の筋肉が強張ってしまい、余計起き上がりにくくなってしまうもの。
布団の中でも構いません、両手を上に上げたり、足を上げて交互にバタ足をしてみたりなど、少しずつでもいいので体を動かしてみましょう。
ただし、指一本動かせないような辛いときに、無理して運動をするのは逆効果です。
休養が必要な時は十分に休み、『少し動けるかな……?』と思えるようになってから、少しずつやっていくことが大切です。

動物たちとの触れ合いは何故心が癒される?うつとアニマルセラピー

みなさんは『アニマルセラピー』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
まだまだ研究分野ではありますが、動物と触れ合うことでストレスを軽減させ、心を回復させていく手法です。
元々動物が苦手な人には向きませんが、特に動物好きの人には非常に効果的と言えるのではないでしょうか。
特にうつ病などでなくても、愛らしい犬や猫を抱いたとき、『かわいい~!』と心が癒されることはありますよね。
では何故、動物たちとの触れ合いは心に癒しを生むのでしょうか。

(動物達の無垢な瞳は心を癒す)
人は体に対して非常に大きな脳を持ち、本能を理性で押さえ込んだり、複雑な心を持つことができます。
しかしそれ故に人間同士の社会生活の中で疲れることも多いもの。逆に他の動物たちは、理性よりも本能で生きているのです。
本能で生きる動物たちは、自分の欲求に正直で、本能に対して嘘をつきません。
あなたは、犬や猫など身近な動物の目を、じっと見たことがありますか? とても無垢な瞳をしていると思います。その瞳の奥には嘘がない。
疲れ果てた心には、その無心の瞳がとても柔らかく優しいものに映るのです。

(五感で触れ合うからこそ)
生き物を飼っている方ならおわかりでしょうが、動物たちは人と全く違う形、大きさをしていても、命であると実感できる瞬間があります。
違う生き物に触れた時の感触……毛皮や抱いたときの小ささ、体温の高さや鼓動、小さくとも精一杯うごいて餌を食べるさまなどに、そのような瞬間を見出すことができると思います。
また、鳴き声や呼吸、水面を跳ねる音など、耳からも彼らが自分達と違うながらも生き物であることを認識できます。
昔はどこの家にも牛や馬や番犬が飼われ、動物たちは身近な存在でした。
ですが今、犬一匹飼うにも専用のアパートを探す時代。動物達と触れ合う機会は極端に減り、そうしたものを感じることも少なくなって、人は人の社会の中だけで生きることにせいいっぱいになってきました。
そんな中、違う種の命と触れ合うことは、自分が人である以前に生き物の一つであることを無意識に思い起こさせます。
そして普段自分が悩みながら生きているコミュニティが、あくまでも大きな存在の中の小さいひとつにすぎないこと、自分自身も生きていることなどを思い知ることになるでしょう。

(動物と共に生きることで自信を取り戻す)
自力で餌を取らなければならない野生で生きる動物たちと違い、人に飼われている生き物は、その一生を飼った人間に左右されます。
おなかが空けば飼い主に餌をねだり、体を洗うことも飼い主次第。
無垢な瞳の生き物たちにその生涯を委ねられることは、人に『自分は頼られている』『必要とされている』という安心感を生み出します。
そしてそれに一片の打算もない、ただ命を繋ぐために必要とされている事実は、その安心感をさらに大きなものにします。
その安心感はやがて自信につながり、心の回復へと繋がっていきます。

(ペットの世話がリハビリになる?)
布団から起き上がれないほど重度なうつの場合、逆に負担になってしまいますが、ある程度心が回復し社会生活に向けてリハビリを開始した患者には、ペットの世話がよいリハビリとなることがあります。
決まった時間に餌をやる、水を交換する、散歩に連れて行く、トイレを片付けるなど、ペットを飼うにはやるべきことが多くあり、しかもそれらは飼っている人間がしなければペット自身ではできないこと。
そうした世話を任せることで自信が生まれ、また規則正しい習慣を身に着けることができ、社会生活への入り口となりえるのです。
特に犬を飼っている人は毎日の散歩が欠かせないため、外出する訓練にもなります。
一人きりで外に出るより、信頼のおけるペットと一緒に徒歩で行ける範囲のほうが、より安心して外にでることができます。

(動物を介することで人と接しやすくなる)
犬を散歩させていると、見知らぬ飼い主同士で会話になることなどが、ままあります。
人と人とのコミュニケーションが苦手な人でも、動物を介すると会話しやすくなるというのは、アニマルセラピーにおいてもしばしば見られること。
動物たちの無垢な瞳は、こちらの警戒心を無意識に解きほぐし、それが同じ空間にいる人にも働いてより接しやすくなるわけです。
また、動物という共通点があるため、より会話をしやすい状況になるとも言えるでしょう。

(動物と接する時の注意点)
動物たちと接する時は、『彼らも同じ生き物である』という認識を決して忘れてはいけません。
長時間、自分より大きな生き物に無遠慮に触れられているのは彼らにとってストレスとなってしまうため、相手が嫌がらない範囲で触れ合うことが大切です。
また、生き物である以上、ペットとして飼った場合は最後まで責任を持つこと。
自分の不調で世話ができない時、自分の代わりに世話してくれる誰かがいない場合には、自分が回復するまでペットを飼うのは避けておきましょう。
人の気まぐれで世話をされても、ペットは健康に生きていけません。
パートナーとなり癒しをくれる相手であるからこそ、大切に付き合っていきたいものですね。

あなたはちゃんと『評価』できてる?うつの心を生まない評価術

家庭、学校、会社……様々な場所で、『人が人を評価する』行為は行われます。
ですがこの『評価』というのは非常に曲者で、一歩間違うと他人をうつにしかねない危険なもの。
逆に上手に評価することで相手の自信をより引き出し、うつに強い心を育てることもできます。
親である人、教師、上司などの立場であるあなた、評価すべき相手をきちんと評価できていますか?
どのような評価の仕方がうつを生み出してしまうのか、自分の経験からお話したいと思います。

(『過程』を評価されないと心はうつに傾いてしまう)
私自身の過去を例にとってお話します。
親は私を褒める時、『おまえは頭が良い』『何でもできる』と言い続けました。
その言葉を信じて私は勉強に励んでいたわけですが、いつの頃からかその励ましは私の心に『私は頭が良くなくてはいけない』『私は何でもできなくてはいけない』と、響くようになっていきました。
私がどんなに勉強をしていても、親はその過程を全く褒めようとせず、私は、求められているのは『結果』だと思い込むように。
『頑張ったね』という言葉を知らずに育った私は、失敗を極端に恐れる大人となり、また失敗を恐れるあまり行動を起こせない、気の利かない社会人になってしまいました。
ここで注目したいのが、『頑張ったね』という言葉を知らない、という点です。
頑張った結果得られたものばかりを褒め、その過程を無視するということは、相手の心に『結果だけを求められている』『その結果にこそ価値がある』という考えを植えつけてしまいます。
それは逆に言うと、結果を出せない自分には何の価値もない、結果が出せる人がいれば自分はこの場に必要がない、という考えに。
人は失敗をしながら成長していくものですが、その失敗すら許されないことだと思い込むようになっていくのです。
そんな考え方で生きていたら、人はどうなるでしょうか。
次第に自分を追い込み、自分の価値を見失って心はどんどんうつへと傾いていくのです。

(大切なのは相手の『努力』を評価すること)
では、相手をうつに追い込まない評価の仕方とはどんなものでしょうか?
それは『努力・過程の評価』をすること。
結果主義になりがちな現代社会では、この大事な部分がすっぽりと抜け落ちていることが多々あります。
『結果』として生まれた物事には、必ずそれに至るまでの『過程』があること、心にちゃんと留めてありますか?
そしてその『過程』こそが、人が努力をしている部分。結果はあくまで一瞬のもので、そこに至る過程こそが人が悩み、耐え、頑張りを見せている部分なのです。
そこをないがしろにして結果だけしか見ないのであれば、相手の人格や努力などには全く目を向けていないことになります。
しかし人が『認められたい』と望む時、見てほしいのはまさにその人格や努力の部分。ここに大きなすれ違いが生じてしまうのです。
結果はどうあれ、その人が努力した結果生まれたものであるなら、『頑張ったね』とそこは評価すべきです。
例えば悪い結果だったとしても『結果は残念だったけど、よく頑張った』と言われれば、次の機会にまたがんばろうという気持ちになれるもの。
そうした相手の自尊心を損なわない評価の仕方は、人の心を明るく育て、うつに強い心をつくることができます。

(うつの人を元気づける『頑張ったね』)
この、過程を評価するやり方は、今現在うつ病に苦しむ人への声かけとしても有効です。
うつ病の人はそれまで一人、頑張って頑張って、その結果うつ病となってしまったケースが多いわけですが、その『頑張った部分』を他人に評価されていることは少ないです。
ですので、『今までよく頑張ったね』という評価は、うつ病にかかり自分には価値がないと思い込んでいる人に、『あなたの頑張りはちゃんとわかっているよ』と伝える意味合いで良いと言えます。
『今まで頑張ったんだから休んでもいいんだよ』と、うつで休養することに罪悪感を覚えがちな患者の心を軽くするような声かけも、効果的と言えるでしょう。

家族の、生徒の、部下のうつ……実はあなたが作り出していませんか?
もう一度自分の他人に対する評価の仕方を見つめなおし、是非相手の努力を認める評価をしてあげてください。

その物差しは誰のもの?間違った『生き方の基準』はうつのもと!

うつ病になりやすい人はしばしば『がんばりが足りない』『もっと努力しないと』と思う傾向にあります。
ですが彼らは何を基準にそう言うのでしょう。その『足りない』は何と比べて足りないのですか?
あなたは自分の生きる基準を、きちんと自分の物差しで計れていますか……?

(『他人基準』と『自分基準』)
人は物事を判断する時の材料として、『他人基準』と『自分基準』、二つの物差しを持っています。
『他人基準』は他人の目から見たときの評価など。いわゆる世間体や人からの評価ですね。
『自分基準』はそれらに関わらず、自分自身が大切だと思うもの。
この二本の定規をうまく使い分けて物事を判断しながら、人は生きているわけです。
しかし実際のところ、この定規の使い方を誤っている人がたくさんおり、そういう人は他人をうつ病に追い込んだり、またはうつ病にかかりやすくなったりしてしまうんですよ。

(『他人基準』に合わせる人はうつ病になりやすい?)
うつ病になりやすい人は、この『他人基準』に自分を合わせがちな人が多いように見受けられます。
他人からの評価、『もっとがんばれ』という言葉……そのような物に敏感に反応し、『もっと頑張らなくては』と無理をして、自分の体と心の悲鳴を聞き逃しがちになってしまうのです。
さらに、他人の評価の型に自分を当てはめようとした結果、できなかった自分がひどく駄目なものに思えるなど、自尊心も失いやすくなり、よりうつ病にかかりやすい状態となってしまいます。
あなたが『こうでなくては』と思っている理想像、本当にあなたの定規で測った結果のものですか?
他人の基準を押し付けられた結果、できてしまったものではないですか?
うつ病にかかりやすい人は、『他人基準』を本来『自分基準』がある場所に置いてしまい、それに気がついていないことがあります。
どうですか? もう一度自分の心と向き合って、自分の物差しについて考えてみてください。

(『自分基準』に他人を合わせようとする人はうつを作り出す?)
逆に、この定規の使い方を誤って他人の心を追い込み、人をうつにさせてしまう人もいます。
それは『自分基準』でしか物を見ることができず、他人を全て自分の定規に合わせてしまおうとする人。
『私が気に入らないから』お前は駄目な奴だ、『私より努力が足りてないから』もっとがんばれ、『私が困るから』言うことを聞け、などといった場合です。
私はそんなことしないもん!というあなた、よく考えてみてください。これらの行為は無意識のうちに行われているものなのです。
周囲にちやほやされ、自尊心ばかりが巨大に育ってしまった人、または窮屈な環境で育てられ、鬱屈した心が攻撃的に外に向いてしまった人などに、こういう人が多いように見受けられます。
他人はあくまでも他人。周囲の全てを自分の都合よく変えるなど、どだい無理な話です。
なのにそういう人はそのことにすら気がつかず、自分の思い通りにならないことを『だめな世の中だ』などと外部への攻撃で示すことも多々あります。
こういう人が、前述のような他人基準に合わせがちな人を攻撃してしまうと、相手をうつにしてしまうことも……。
もう一度、自分の物差しに無理やり相手を当てはめようとしていないか、心に聞いてみてください。

(『自分基準』で上手に生きることがうつの心を作らない第一歩)
人は一人ひとり、生き方も考え方も、体や心の限界も違います。
それらの一つ一つに、いわば『自分基準』が存在すると言えるでしょう。
にも関わらずそれらを他人の基準に当てはめようと必死に努力してしまうと、当然疲れ果ててしまいます。
自分を殺して別の形のものに無理やり当てはめようとしているのですから。
大切なのは、『あなた自身が大切に思うもの』を基準として生きることです。
誰かから与えられたものではなく、自分で見つけた『これだ』という基準のもとに物事を判断し、生きていくこと。
それは決して自分勝手だとか我侭だとか、そういうことはありません。それが本来の人の生き方です。
他人基準の物差しは、必要なシーンでだけ使えば良く、普段はしまっているもの。それに気がついていない人がたくさんいます。
まず、そのことに気がつき、自分の基準を明確化すること、そしてそれらはあくまで判断の基準であり、他人をその定規に沿うよう変えることはできないことをよく知ることが、お互いに傷つかず生きていく一歩と言えるでしょう。

年中ずっと憂鬱気分……実はそれ『気分変調症』かもしれません!

なんだか年中浮かない顔をしているあの人……ずっと続いてる憂鬱な気分……実はそれ『気分変調症』かもしれませんよ?
その人の性格と思われがちなこの病気は、うつ病と非常によく似ており、そのまま放置するとうつ病そのものに発展してしまうこともあります。
うつ病以外の精神疾患に発展することもあるので、心の健康を保つ上で是非とも気をつけたい病気。
あなたは、『気分変調症』についてご存知ですか?

(気分変調症ってどんなもの?)
うつ病ほど重度ではありませんが憂鬱な状態が慢性的に継続し、物事を前向きに考えられない、仕事がうまくこなせないなどの抑うつ状態に陥ってしまうものです。
非常に疲れやすく、自分はだめな人間だと思い込むなどの抑うつ状態が若年者では一年以上、成人では二年以上続くのが特徴です。
気分変調症は若い頃に発症する人が多く、一時的な思春期特有の状態と勘違いして放置し、苦しい状態のまま時を重ねて成人することもあります。
また、男性よりも女性に発症者が多いとも言われています。
病名というより心の状態を指す言葉で、一部ではまだ議論が行われている曖昧な表現ですが、患者自身が非常に苦しい思いをしていることには変わりありません。
事実、気分変調症から他の病気へと移行していく人は非常に多く、今後より研究されていくべき心の問題です。

(気分変調症の特徴)
気分変調症は、そのきっかけになった出来事がはっきりせず非常に曖昧で、『生まれた時からずっとこんな気持ちだった』と口にする人も少なくありません。
慢性的にそのような状態であるため、周囲が『元々こういう性格の人だ』と誤解してしまうことがしばしばあります。
また周囲だけでなく本人もその状態に気がつきにくいことが、この症状の大きな問題でもあります。
慢性的に憂鬱な状態が続くため、患者自身もそれが当たり前だと思い込んでしまい、この状態が病気なのだと気付かないまま、適切な治療も受けずに何年も……というのは、気分変調症には珍しくありません。
本人は非常に苦しいのですが、『自分はこういう人間だから』と受診せず、この病気を抱えて辛い状態のまま社会生活をどうにか送っている人も、たくさんいるのです。
そうした無理や無責任な周囲の励ましなどで悪化し、最終的にうつ病はじめ他の精神疾患へと発展してしまう人が非常に多いです。

(気分変調症の人がうつ病になると重症化する!?)
気分変調症はうつ病へと発展してしまう可能性が非常に高い病気ですが、併発という形で発生することもあります。
慢性的なうつ病とも言える気分変調症を発症している人が、何かのきっかけで急性のうつ病を発症した場合、二重にうつ病にかかっている状態となり、より重篤な症状に陥るのはまれな話ではないのです。
抑うつ気分が慢性化していたぶん、通常のうつ病よりも治りが遅く、薬の効きもよくありません。
より長期的に病気と付き合っていくことになり、患者さんの負担が増えるため注意が必要です。

(気分変調症の原因って?)
実は、気分変調症の原因についてははっきりしたことはわかっていません。
性格的なものもあると言われていますが、本人の性格を形成する過程、つまり育った環境や家族間に問題があったのではとも考えられます。
厳しいしつけを受け、失敗は許されないなどの環境で育ったせいで、失敗を恐れ自身を失くし、自分はだめな人間だという思い込みが『当たり前のこと』として心の奥に染み付いてしまった結果、気分変調症を発症するような場合です。
いずれにせよ今後より研究の必要な分野であると言えるでしょう。

(気分変調症の治療はどうしたらいいの?)
慢性的に抑うつ状態が続き、その原因もはっきりしない気分変調症の治療では、カウンセリングがより重要になってくると言えます。
気分変調症の人には薬が効きにくいとも言われており、薬だけで治すことは難しいでしょう。
発症の原因となった様々な要素を拾い上げ、その一つ一つを解決していくこと、また認知療法などで自分の物の見方が歪んでいる事実に本人が気がつき、そこを改善していくことも大切です。
気分変調症の治療は、本人にとってより生きやすくなるための非常に大切なものですが、発見が遅れて治療中にうつ病を発症する方も少なくありません。
より早く気がつき、治療を始めることが重要な鍵と言えそうです。

やり方次第で毒にもストレス解消にも!うつ病とインターネット

今やパソコンだけでなく、携帯電話やゲーム機でもインターネットを楽しめるようになりました。
それだけ身近な存在となったネットの世界は、自宅に篭りがちなうつ病の患者にとって、貴重なコミュニケーションの場として利用されることがよくあります。
しかし逆に、ネットに依存することで症状が悪化する人も……。
では、うつ病の人がインターネットを利用する場合、どのようなことに気をつけたら良いでしょうか。

(『受け流す』ことができないうちはネットに触れないほうがいい)
ネット上には様々な情報、様々な意見が溢れています。
そこにあるのは決して自分にとって好ましいものだけでなく、見ていて不快に感じるもの、つらく思うものも。
そういったものを目にしてしまっても、軽く受け流すことができないうちは、うつ病患者がネットをするのは避けておいたほうが無難。
ネットの世界は顔の見えない人たちが行きかうスクランブル交差点のようなもの。
気に入らない相手と肩がぶつかったからと、そのたびごとに落ち込んでいてはきりがありません。
うつ病に対する偏見に基づいた意見や、自分と違う意見の人と接する時、それが原因で口論になったりして、心が疲弊してしまいます。
通常よりもネガティブになっているうつ病の人は、『自分の言い方が悪かったのだろうか』『私は間違っているんだろうか』などと延々気にしてしまったり、不安が増したりして症状が悪化してしまいます。
ある程度心が落ち着きを取り戻すまでは、ネットは控えましょう。

(顔の見えない相手だから言える、コミュニケーションの場)
ネットの世界は、画面の向こうの相手が普段どんな暮らしをしていて、どんな性格の人なのかもわからない、『通りすがりの世界』です。
ですがそういう場所だからこそ、同じ病気に苦しむ仲間を見つけ、同じ病気だからこそ共感できる励まし合いでお互いを支えあうなど、貴重なコミュニケーションができうるとも言えるでしょう。
家族や友人には言えないことでも、顔のわからない同士になら言える、そんな人もいることと思います。
そういう人たちが集まる掲示板やSNSなどで、一人で調べるだけではわからない病気に関する情報を交換したり、有益なこともネット上には多々あるのです。
初対面の人には丁寧な言葉で、節度を持って、助けてもらったらお礼の言葉を、などの一般的なネットマナーを守れ、なおかつ上記の受け流しができるようなら、思い切って飛び込んでみるとうつ解決の思わぬ糸口を掴めることもあります。

(共感のしすぎも心を疲れさせる)
ネット上で同じ境遇の人たちとコミュニケーションする際、特に気をつけておくことがあります。
それは、相手に共感しすぎないこと。
例えば他の方のうつの体験談などを見聞きして、自分のつらかった過去を思い出し、フラッシュバックを起こす人もいます。
つらい気持ちがわかる、健康な人よりもより共感できるだけに深入りしやすいのですが、人は人の、自分は自分の経験とはっきり区別をつけることがとても大切です。
相手に共感しすぎて辛いときは、ネットから一旦離れて深呼吸をする、パソコンを落として休むなどしたほうが懸命です。
それはあなたの心を守るための行為であって、決して薄情だとかいうことはありません。

(依存に注意!たしなむ程度にしておこう)
ネット上の専用掲示板やSNSなどのコミュニティには、同じうつ病で苦しむ人たちがたくさん集まり、情報交換やお互いの辛さを告白し合ったりする場があります。
そのような場所では、普段人に言えない苦しみも告白できたり、同じ境遇の人たちと接することで世界が広がったような気がしますが、ネットの世界全体から見ればそこは狭いコミュニティのひとつ。
そういったところに依存しすぎてしまうと、パソコンからなかなか離れられない、見ていないと落ち着かないなど、人によっては深刻な状況に陥る場合があります。いわゆる『ネット依存』の状態です。
バーチャルな世界だからこその魅力は大きいですが、あなたが今生きている目の前の世界のことも、時には考える必要があります。
ネットの仲間とやりとりしているだけでは、病気は治りません。
中には主治医や家族の言葉よりネット仲間の言葉を重要視して、治療や服薬を勝手に中断するような人もいますが、これは危険といえるでしょう。
それでいざ何かあった時、顔も知らないその人は何の責任もとってはくれませんし、何とかしようと思ってくれても、実際にはどうすることもできません。
あくまでもネットはたしなむ程度に留め、利用する場合は節度をもって利用しましょう。

(寝る前のネットには気をつけて)
寝る直前のぎりぎりまでパソコンをつけている人もいますが、特に不眠にお悩みの方は気をつけたいところです。
パソコンだけでなく携帯電話などの液晶画面は、脳を覚醒させ非常に眠りづらい状態にしてしまいます。
最低でも眠る一時間前には電源を落とし、画面を見ないようにしましょう。
睡眠導入剤を飲んでからも携帯で掲示板などを見ているのはもっとよくありません。
薬が効いて朦朧とし始めたときに、意味不明の書き込みをしてしまったり、しかも自分ではそれを覚えていないなど、トラブル発生の元となりかねません。

うつ病患者のインターネットはやり方次第で毒にも薬にもなります。
上手に活用して仲間とコミュニケーションし、ストレス解消していきたいものですね。

『頑張れ』以上に要注意!下手な説教はうつ病患者を壊す!?

うつ病の人を見ていて、あなたはついつい『どうしてきちんと起きないのか』『もっとこうしたらいいのに』などとお説教をしたくなること、ありませんか?
健康な人にとって、毎日俯きがちな患者と接することは辛い部分も確かにあるでしょう。
もう見ていられない、なんとかならないのか、そんな気持ちに突き動かされ、説教をしたくなる気持ちはわかります。
でも、安易なお説教は患者にとって『頑張れ』以上に毒にしかならないことを、あなたは知っていますか?

(何故『頑張れ』以上に要注意なの?)
実は、お説教をしたくなるあなたの気持ちは、患者自身もわかります。
何しろうつ病の患者は、自責の念に駆られて毎日のように『どうしてこんなことになったのか』『どうしてできないんだ』と、自分で自分に対して説教している部分があるからです。
ですがうつ病の時は心がもろく折れやすいもの。自分が内心、毎日自分自身にしているお説教を人から聞かされることは、相当な苦痛になります。
単純に『頑張れ』と言われるよりも、具体的な例をあげてのここはだめだあれはこうしろという指摘は、うつ病患者の心を疲弊させ『やっぱり自分はだめなんだ』と余計落ち込ませることに。
健康な人でも何か失敗して落ち込んでいる時に『そんなふうだからお前はだめなんだ』などと言われたら、愉快な気持ちにはならないでしょう?
そう言われてくやしさのあまり頑張る人も中にはいるでしょうが、うつ病の患者には説教を受けて頑張る気力がもはや残っていません。

(説教する前にちょっと待って!その説教は誰のため?)
ここでひとつ考えてみてください。あなたがしようとしている説教は、誰のためですか?
『もちろん相手のためを思って』と言うあなた、本当にそうですか?
説教をする時は無意識に、『こういうふうにあって欲しい』という自分の望みを相手に押し付けていることがあります。
見てて自分がイライラするからこうなって欲しい……そんな気持ちで言っていませんか?
自分の都合よく相手を変えるためにするのは『説教』とは言えません。
それで誰かを傷つける前に、どうかひと呼吸おいて下さい。
あなたの心のもやもやを『説教』という形で患者自身にぶつけるくらいなら、他の場所で発散させたほうが双方にとって安全と言えます。

(言葉をかけるなら説教よりも労わりと諭し)
しかしうつ病の患者を身近に見ていると、言いたいことが溜まっていくことはあるでしょう。
そんな時は『説教』ではなく、労りの言葉を伴って相手を優しく諭すように言うほうが、患者から見てもやわらかく受け取れます。
ここで大切なのは、相手の行動を断定するような口調で言わないこと。『~したら』よりも『~してみてもいいんじゃない?』などとワンクッション置いた言い方がより望ましいです。
断定するように言われると、うつ病の人はそれを『しなければならないこと』と受け取って、頑張ろうとして疲弊したり、それができない自分を責めたりしてしまいます。
またこのような言葉かけは、どんなに言葉尻をやわらかくしても、重症者には避けておきましょう。
下手に声をかけて余計落ち込ませると、症状を長引かせ回復を大幅に遅らせてしまうことになります。

(気長に見守る余裕をもって)
うつ病の治療には長い時間がかかるもの。
時間をかけて少しずつ蓄積したストレスが心を疲れさせた結果がうつ病ですから、そこから回復するには相応の時間が必要なのです。
必要なのはまず休養。そして専門医にかかり適切な治療を受けること。
そのことを十分に理解して、気長に見守る心の余裕を持ちましょう。
相手がうつ病でなく、体の病気であるなら『説教しよう』なんて気持ちにはそうならないでしょう?
それがうつ病になると何故説教をしたくなるのでしょう。心のどこかに『甘えてる』『本当は病気じゃないのでは』そんな気持ちがありませんか?
もう一度、うつ病に対する自分の認識を再確認してみて下さい。
正しい知識と理解は、心に余裕を生み出します。

本が読めなくなったら要注意?意外なところに現れるうつのサイン

あなたは本がお好きですか? 新聞を読みますか?
情報はインターネットで収集する時代になり、活字離れが進んでいると言われますが、そんな中でも新聞や本がなくならないのもまた事実。
そしてじつは、この本や新聞の存在がうつのバロメーターとなり得るのです。意外でしょう?
今回は読書とうつのサインについてお話したいと思います。

(最近活字が読めなくなってきた気がする……)
これまで普通に読んでいた本や新聞。それらがいつの間にか読めなくなっていた、なんてことありませんか?
活字の好き嫌いの問題ではなく、注目すべきは次の三点。
『文字を目で追えなくなってきた』『読んでも内容が頭に入らない』『長時間読んでいられなくなった』……どうですか?心当たりはありませんか?
もしも心当たりがある、三つともすべて該当する、そんなあなたは予想以上に心が疲れているかもしれません。
うつ病が進行すると、本や新聞、ひどい場合は漫画本すら読めなくなってしまうことがあるんです。
無意識のうちにあなたの心は疲れ果てていませんか?

(原因その1、集中力の低下)
活字を読めなくなる原因としてまず挙げられるのが、極端な集中力の低下です。
うつ病の人は、自分を追い込むような考えに囚われがちで、逆にその他のことに関しては注意力散漫になりがちです。
脳内物質のバランスが崩れてうまく頭が働かず、集中力が低下してしまうのです。
ですから、黙ってもくもくと文字を目で追っていく『読書』ができなくなってしまうんですね。
本を読んでも内容が頭に入らないのも、常に他のこと……例えばうつの原因になったような心配事などが頭にあり、それ以外のことについては頭が働いていないからです。
中には、細かい字の羅列を見ているだけで頭が混乱してくるという人もいます。

(原因その2、記憶力の低下)
うつがひどくなると、『健忘』と呼ばれる物忘れの症状が出ることがあります。
記憶障害のひとつですが、これのせいで今読んだ本の内容を覚えておくことができず、読書が続けられないことも。
ひどい人になるとページをめくったらもう前のページに何が書いてあったか覚えていない、という状態にまでなることがあります。
どれだけ読んでもさっぱり頭に入らない、登場人物の名前すら何度も見返さないと誰が誰だかわからない、そんな風では物語を楽しむどころか、イライラが募るだけになってしまいますね。

(原因その3、想像力の欠如)
本や新聞を読むためにはある程度の想像力も不可欠になります。
人は読書する時、そこに書かれたものをただ淡々と読んでいくだけでなく、想像力を働かせて自分の脳内に自分なりのビジョンを描くもの。
ですがうつの状態では、その想像力が悪い方向に偏って働くようになってしまいます。
いわゆる『ネガティブなことばかり考えてしまう』状態です。
おまけに頭の中は自分の抱える問題でいっぱいで、そんな時は空想の物語やニュースの背景などへ働かせる想像力の余裕などなくなってしまいます。
『想像できない』ということは、自分なりに内容を噛み砕いて受け入れることができない、ということ。
これではとても読書なんてできません。

(好き嫌いは関係ないんです)
ところで、元々活字は苦手で本や新聞は読まないという人も中にはいますよね。
ですがこれは好き嫌いの問題ではなく、脳の機能の問題なのです。
本でなくとも、仕事上必要な書類などに目を通しても頭に入ってこない、内容を理解できないなどの症状が現れたら、注意すべきと言えるでしょう。
そんな事態に陥ったら、まずは心を休ませてあげることが大切です。
放置して無理をしてしまうと、どんどん悪化してしまいます。

(趣味の読書がいつの間にか……要注意!)
逆に、読書が趣味と言えるほどに好きな人もいます。
そんな方が上記の症状で、いつの間にか読書から離れてしまった……楽しめなくてイライラしてしまう、もう本を見たくない、そんな風に感じているようなら要注意です。
趣味であった読書をうつの諸症状で楽しめず読書から離れたものの、本を読めないことでイライラを溜め込んでしまうことがあります。
『もともと好きなのにできない』というのは、想像以上にストレスを感じるもの。
ですがこれはまだいい方です。
もしも読書家の人が理由やきっかけもなく読書そのものに興味がなくなり、どうだっていいやと思ってしまうようになったら危険信号。
趣味への興味が薄れるのはうつ病の特徴的な症状です。

本は心の栄養などといいますが、心のバロメーターにもなっているんですね。

時には思い切って外に出てみよう!うつのリハビリお出かけ術

うつが回復してくると、少しずつですができることが増えてきます。
そんな時リハビリの一環として、通院以外でもふらりと家の外に出てみようかな……なんて気持ちになれることが、あるかもしれません。
外に出たい気持ちが出てきたら、思い切って実行してみましょう。
ただしうつ病の時は健康な時より心も体も疲れやすいもの。
できるだけ疲れず、心に良い刺激と癒しを求めるお出かけ術とはどんなものでしょうか?

(まずはご近所の散歩から)
それまで自宅に篭りがちだったのに、突然遠くに出かけるのは心にも体にも大きな負担となってしまいます。
まずは近所を散歩する程度から始めるたほうがいいでしょう。
犬を飼っている人は、犬の散歩を自分が引き受けてみるのもいいかもしれません。一人で出歩くよりペットと一緒のほうが心強く思えることもありますよ。
自分ひとりで出かける時は、最初は時間も距離も短めにしたほうがいいですね。
時間帯は昼間よりも夕方の涼しくなり始めのほうがいいでしょう。うつ病の人は朝方起きたばかりの頃はうつが重く、夕方にいくに従って気持ちが上向いてくる傾向の人が多いからです。
ですが無理は禁物。具合が悪くなったらすぐに戻れる範囲内で、少しずつ慣らしていくのがベストです。

(より遠くへ行くときはできたら同行者を)
自宅周辺だけでなくより遠くへ出かけたい……気持ちが上向いている時は、そんなふうに思うことだってあるでしょう。
遠方へ出かける時は、慣れるまではできたら同行者がいたほうがより安全です。
慣れない遠出で万一具合が悪くなった時など、すぐに対処をしやすいメリットがありますし、話し相手がいることで安心感も生まれるでしょう。
公共の交通機関を一人で利用したり飲食店に一人で入るなど、外出にはうつ病患者にとってハードルの高いことがたくさんありますから、それらの手助けとしても誰かに同行してもらうことをオススメします。
少しずつリハビリをして徐々に一人での遠出に慣れて行きましょう。
急激な変化や無理は、せっかく回復に向かっているうつを再度悪化させてしまうこともあります。

(車の運転は要注意)
抗うつ剤や睡眠導入剤を普段から服薬している人で車の運転をする人は、特に気をつけておきたいものです。
薬を常用していると頭がぼんやりして判断力が鈍ったり、また睡眠導入剤が抜けきれずに眠くなってしまうなど、服薬しながらの運転には危険が伴います。
できる限り誰かに運転してもらうか、どうしても自分で運転する必要がある時は、薬の服用直後は避けるようにしましょう。
少しでも調子が悪いな、おかしいなと感じたら運転しないほうがいいです。

(混み合う場所は避けたほうが無難)
うつ病患者にとって、人ごみは非常に気疲れする原因となり得ます。
休日や週末など人の多い時や、シーズン中の観光スポットなどあからさまに人の多い場所は避けたほうがいいでしょう。
たまに、人ごみのせいで具合が悪くなってしまう方もいますので、気をつけてくださいね。
少しでも不調を感じたら、無理せず休める場所に移動するなどしましょう。
『人ごみの中でも一人で出かける』ことは、思いのほかハードルが高いものです。
また、電車やバスなど、公共の交通機関を利用する時もラッシュ時は避けたほうが無難です。
混みあった車内で人を掻き分けて乗車、降車するのはうつ病の人には大変な負担で、それだけでどっと疲れて動けなくなることもあります。

(うつの外出リハビリにオススメな場所)
うつ病の人がゆっくり外出するには、人ごみの中よりもシーズンオフの海や山など、静かに自然に触れられる場所が良いでしょう。
または平日昼間の人の少ない水族館や動物園もオススメです。
人ごみは心を疲れさせますが、自然や動物達との触れ合いは心をゆったりとなごませてくれるもの。
近所を散歩しながら、咲いている花などを眺めて回るのもいいでしょう。
まずはゆっくりと心を開放できるような外出の仕方をし、人の多い場所やショッピングなどは外に出ることに慣れてから徐々にしていくのがよさそうです。

うつでも決断すべき時がある!自分を守るための決意の仕方

一般的に『うつ病患者にさせてはいけないこと』として『物事の大きな決断』を上げられることがよくあります。
確かにうつ病にかかっている時は思考能力が落ち、また心も通常の状態ではないため、大切な事柄の決断は避けたほうがいいのは一理あるでしょう。
ですがそういう時だからこそ、決断を迫られることも多々あるもの。
それでは、うつ病患者が大きな決断のシーンに直面した場合、どうしたらよいのでしょうか?

(うつでも決断すべき時がある)
うつ病患者に重要な決断をさせないほうがいい……とはいえ、『うつ病になったからこそ必要な決断』というものもあります。
それは、うつ病を治療するための、患者が自分自身を守るための決断。
例えば『病院にかかるかどうか』『通院先を変えるかどうか』といった直接治療に関わってくるものから、『職場を辞める、または休職願いを出す』などといった、うつ病になった環境から離れて自衛するためのものまで様々です。
これらの決断をしないまま、現状をずるずる続けていても、事態は好転するどころかより悪い方向へと進んで行ってしまいます。
たとえうつ病でも、決めるべきことはしっかり決断する必要があります。

(重大な決断をする時気をつけること)
うつ病の時に大きな決断を迫られたとき、どのように対処したらいいのでしょうか。
まず『一人で衝動的に決めないこと』、これは非常に重要なポイントになります。
一般的に言われているとおり、うつ病患者は通常よりも脳の機能が落ちているため、また特定の思考に偏りがちなため幅広い視野で物事を見ることができなくなっています。
通常だと、Aという事柄を決定するために、決断した結果の例として複数の想定をすることができますが、うつ病では全てが悪い結果になるよう思えてしまったり、ひとつの結果だけしか見えずに決め付けてしまったりといったことが起こります。
そんな時、衝動的に結論を出してしまうと、取り返しのつかない事態に陥るかもしれません。
家族や医師、友人などあなたが信頼でき、親身に話を聞いてくれる人に、まず聞いてもらいましょう。
人の話を聞くことで、自分の視野の狭さや思考の偏りに気がつくことができるはずです。
『うつでも決断する時はある、ただし一人きりで決めない』、これが大切です。

(周囲の意見に依存しすぎない)
一人きりで決めず、まず他の人の意見を聞いてみる。とても大切なことですが、ここでひとつ注意があります。
それは、周囲の意見に依存しすぎないこと。
人は一人ひとり違う考えを持っていますから、複数の人に相談した場合、違う答えが返ってくることが多々あるでしょう。
そこで迷ってしまった時、その中でもより信頼できる特定の誰かに『Aさんはこう、Bさんはこう、Cさんはこう言った。どれを選んだらいいだろうか』と結論まで委ねてしまわないこと。
あくまでも決断するのはあなた自身なのです。
周囲の人は参考に意見をくれますが、あなたの人生を代わりに生きてくれるわけではありません。
また、周囲に結論を依存しすぎると『Aさんがこうしろと言ったからやってみたのに……』等と、後々思うことがくるかもしれません。
多くの意見を聞きながら、決断を下すのはあなた自身であるということを忘れないで下さい。

(やるべきことが終わったらゆっくりと休養を)
健康な状態でさえ、大きな決断をした後は不安に陥ったり、気疲れしたりするもの。
うつ病の状態でそれを行ったのならなおさらのことです。
納得のいく決断を無事に下せたら、より多めに休養をとって心の疲れを少しでも回復させましょう。
下した決断によって今後がどうなるのか、ここで新たな悩みや不安が出てくることもあるでしょうが、それを考えるのは一旦置いておくほうがいいです。
連続して難しいことを考え続けると、脳は疲れ果ててしまいます。
これからのことを考えるのは、少しゆっくりして心が落ち着いてからにしておきましょう。