うつ病

知っておこう!うつ病患者に言ってはいけない5つの『NGワード』

うつ病にかかると、普段以上に他人の目が気になり、人の言葉に過敏になります。
何気なく言われた一言にひどく落ちこんで心を閉ざし、場合によってはそれをきっかけに死を考えてしまうことも……。
そんなことにならないよう、過剰なほど繊細になってしまううつ病患者と会話する時に、これは避けておきたいと思われるNGワードを5つ、ご紹介します。

(NGワードその1『うつは甘え』)
『うつは甘え』そういう考え方の人が一定数いることは、患者もよくわかっています。
ですが面と向かって言われてしまったら、患者のショックは計り知れないもの。
そもそもうつ病の人は、甘えたり他人に頼ることが得意ではありません。甘えたり頼ったりできるなら、うつ病にはなっていないでしょう。
誰にも言えず一人で抱え込んだ結果、脳内物質がトラブルを起こすなどして病気になってしまうのです。
体の病気は甘えですか? 違いますよね。心の病気だってそれと同じです。

(NGワードその2『がんばれ』)
よく言われる『うつにがんばれは禁句』ですが、それは事実です。
うつ病の人は一人で頑張りすぎた果てに病気になり、これ以上頑張りたくても頑張れない状態にあります。
これまでさんざん頑張って倒れた人にさらに『頑張れ』とはあまりに酷な話です。
患者は自責の念が強くなっており、頑張れない自分を責めてしまう傾向にあります。
それがさらに強い自責を呼び、『頑張れない自分はいないほうがいい』と死に向かっていくことだってありえます。
あなたは励ましのつもりでも逆効果となるので要注意です。

(NGワードその3『誰だって辛い』)
うつ病の人に共感を示すために『誰だって辛い』などと言う方がいますが、これはうつ病患者にとってNGな共感の仕方。
『誰だって』辛いということは、みんなは辛くても仕事に行ったりしてるのに、自分だけがそうできないんだ……と患者を追い込む形になってしまいます。
理解を示したつもりの言葉が、患者の心を閉ざしてしまう残念な結果となることが多々あるので注意しましょう。

(NGワードその4『気の持ちようだ』)
『気の持ちよう』……確かにちょっとした気分の落ち込みの場合は、そうかもしれません。
ですが何度も言いますが、うつ病は病気です。気持ちひとつで元気になれるかというとそんなことはありません。
脳内物質のトラブルを気持ちでどうにかできるなら、精神科医も病院もいりませんよね。
体の持病を抱える人に『気合で治せ』と無茶を言っているのと同じです。
そして、『自分の気合が足りないから病気が治らないんだ』などと患者に思わせ、追い詰めてしまいます。

(NGワードその5『どうして~しないの?』)
『どうして会社に行かないの?』『どうして家事ができないの?』『どうして外に出ないの?』……うつ病の患者の『できない』は、健常な人から見ると理解しがたい部分もあるでしょう。
しかし質問の形で相手を責め立てるのは、どうかやめてあげてください。
『どうして』と問われても、とにかく体が動かない、うつだからとしか答えようがありません。
またこのような質問をする人は、根底に『ただのわがままでは』という考えが根強いことが多く、患者がどうにか返答しても『それは甘え』などと他のNGワードを続けてしまうケースが多々あります。
まず、うつ病は自力でどうにかできるような気の迷いなどではなく、病気であることを理解してあげてください。

(全ての言葉を否定的に捉えがちなうつ病)
うつ病にかかると、様々な事柄への考え方や受け取り方がネガティブになり、患者は自分自身に対して否定的になりがちです。
ですから、普段はなんでもない叱咤激励が、『できない自分』を責め立てているような気持ちに陥り、余計に落ち込んでしまうのです。
うつ病の人と話をする時大切なのは『むやみに励まさない』『相手を否定しない』に尽きます。
そして相手を落ち込ませてしまった場合、『そういうつもりじゃなかったんだ』『病気のことよくわからなくてごめん』と伝えること。
まずは、こちらからあれこれと話をするよりも、相手の話を聞くことが大切と言えるでしょう。
普段人に接する時より優しさ多目で接してあげてくださいね。

もしも友人がうつになったら?知っておきたい友人としての接し方

現代社会で年々患者が増加傾向にあるうつ病。
もしかしたらあなたの友人がそうなってしまう可能性も、もはや否定はできません。
ではもし、友人がうつ病になってしまったら、あなたはどのように接したらいいのでしょうか。
『なんと声をかけたらいいの?』『遊びの誘いはしてもいいの?』など、友人とコンタクトを取ろうとした時、様々な疑問がわいてくるかもしれません。
そんな時に思い出して欲しい、『友人としての接し方』について、患者の立場からお話したいと思います。

(基本姿勢は『対等な友人関係』を保って)
たとえ友人から『うつ病になった』と告白を受けても、あなたと友人の関係そのものが変わるわけではありません。
告白された途端、どう接していいのか迷って腫れ物扱いするのはNG。
『自分が病気になったせいで、友人の態度が変わってしまった』と思い、患者を落ち込ませる原因となります。
大切なのは普段どおりの『対等な友人関係』を保つこと。
例えば、友人が風邪を引いたときのことを思い浮かべてください。あなたはどんな言葉をかけますか?
『大変だなあ、無理しないでね』程度の言葉であることが多いと思いますが、うつ病に対してもそれでOK。
むしろ、知識のないまま病気について深く突っ込んだり、励ましの言葉を送ると逆効果になってしまうことが多いです。
慌てずまずいつも通り、これが基本です。

(不用意なアドバイスはしない)
あなたはどうにか友人の役に立ちたい、友人に早く立ち直ってほしいと考え、こうしたら、ああしたらとアドバイスをしたくなるかもしれません。
その気持ちはありがたいことですが、残念ながら不用意なアドバイスは患者にとってマイナス要素となってしまいます。
『せっかく友人がアドバイスしてくれたのに、それができないと友人でいられなくなるんじゃないか』と焦り、『友人の期待に応えられない自分はだめな奴だ』と落ち込む。
『そんなつもりで言ったんじゃないのに!』とあなたはきっと思うでしょうが、マイナス思考が螺旋のようにぐるぐる積み重なっていくのがうつ病なのです。

(話の聞き役に回る)
アドバイスがだめならどうしたらいいの?とお思いでしょう。
友人のあなたにまずできることは『話の聞き役になること』、これに尽きると思います。
ただ、相手の話に相槌をうちながら頷いていく。途中で話を遮って反論したりせず、ただ話を聞いていくこと。
えっそれだけ?と感じられるかもしれませんが、実はうつ病の患者にとって、とても必要なことなのです。
うつ病の患者は常に孤独感や喪失感を抱えています。そんな彼らにとって、ただ自分の話を聞いてくれる人の存在は、自分を受け入れてくれていると実感できる癒し。
あなたが友人の役に立ちたい、どうにかしたいと思われるなら、まずは友人の話を真摯な気持ちで聞いてみましょう。

(できるだけ愚痴は避けて)
あなただって時には愚痴を言いたくなることもあるでしょう。
ですがちょっと待って。うつ病の患者に対して愚痴を言うのはできたら避けて欲しいこと。
人の愚痴の聞き役に回るのは、ある程度心に余裕がないとできないことです。
うつ病の患者にはとてもそういった余裕はなく、場合によってはその愚痴を聞くことで落ち込んでしまうことも。
例えば、うつで仕事のできない人へ仕事の愚痴を言ってしまうと、患者は『そもそも仕事そのものができていない自分』を思い知らされてひどく落ち込んでしまったり。
相手の病気が治るまでの間、あなたの愚痴はできたら他の友人へお願いします。

(遊びの誘いは慎重に)
一人では出かけづらいうつ病の人を気分転換に外に連れ出すことは、患者にとってもありがたいことですが、少し注意点があります。
まず、約束を反故にされても怒らないこと。
うつ病の人は自分の思ったように体を動かせず、その日になってみたら布団から体を起こせない、指一本うごかすのも辛い状態に陥ってしまった……なんてことがままあります。
そして、それが原因で約束を守れない自分をひどく嫌悪し、だめな人間だと思い込んでしまったりします。
約束をする時は『無理そうだったら別の日でいいから言ってね』と、患者の心に逃げ道を与えておくことが大切になってきます。
また、うつ病の患者は疲れやすいため、人の多い場所や遠方への誘いはできたら避けたほうが無難です。
近場の隠れ家的なお店にランチ程度にとどめておいて、相手が徐々に回復してきたら少しずつ大きな場所へ連れ出すようにするとよいでしょう。

(急に連絡が取れなくなることも)
うつ病の患者は、ある日突然連絡を絶ってしまうことがあります。
その時の状態としては、体が動かせない、起きられない、ひどく落ち込んで誰とも接したくない、電話が鳴るのが怖い、などといったものがあげられ、単純に返事をするのがひどく負担な状態であることが多いです。
ここで活躍するのがメールです。電話はかかってきたその時に応対しなくてはなりませんし、直接ではないといえ人と会話しなくてはなりません。
その点メールは文章を読むだけですし、返事は好きなときにすることができます。
『大丈夫?何かあったら言ってね』程度に返事を強要しないメールを時々送り、しばらく様子を見てみましょう。
自殺を図ろうとしていた場合、ひとことのメールで『自分には心配してくれる人がいる』とその行為を食い止めることができるかもしれませんし、単に体調が悪かったり落ち込んでいる時も、心の支えになります。
調子が回復したらまた返事はくるようになりますし、その中で何故連絡をよこさなかったのか、打ち明けてくれることもあるでしょう。
そして、心配するメールを送ったあなたへの信頼度は、患者の中でより上がるはずです。

基本姿勢は友人として対等なまま、ほんの少しいつも以上の優しさをもって接すること。
なによりまず『友人は病気で、病気がこうさせているんだ』とよく理解することが大切です。

『コレ』をやめれば生きやすくなる!?『期待』をしない処世術!

うつ病になりやすい性格の傾向として、真面目すぎたり他人に心を砕きすぎたり、といったものがあります。
他人の期待に応えられない自分を『だめな人間だ』と思い込んだり、期待に応えられないことを責められるのを恐怖と感じたり、何かと『生き辛さ』を抱えがちな性格。
ですがちょっと待って、その『期待』は果たして誰のため?
今回は『期待』する心に着目し、より生きやすくなる処世術について考えてみましょう。

(その期待は『誰のため』のもの?)
『期待する』ことは一般的に『よりよい状態を望んで待つこと』ですね。
宝くじを買って『当たるといいな』と思ったり、好きな人に告白をして『OKだったらいいな』と思ったり。
期待する行為自体は誰しもありますし、また親や先生、上司、友人たちからの期待を浴びて人は生きています。
ですがここで大切なのは、『期待』する行為は、期待される相手のためではなく、期待する人自身のためだということ。
こちらが相手に期待をしても、必ずそれに応えてもらえるとは限りません。
また、これがとても大切なことなのですが、必ずしも期待に応える必要もないのです。
そこを間違えてしまう人が多いからこそ、すれ違いが生じて衝突してしまうのです。

(『期待』に必ず応える必要はない)
うつになりやすい人は、他人に期待されると『私ががんばらないと』とついつい力を入れすぎてしまう傾向にあります。
ですがここでよく考えてください。
人に期待されるのは時に嬉しいことですが、果たしてあなたに向けられている『期待』に応える義務、本当にありますか?
答えはNOです。期待というのはされる側から見ると理想の『押し付け』にすぎません。
相手の都合で『こうであってくれないかな』『ああして欲しいな』という希望を押し付けられているだけで、それに応えるかどうかはあなた次第。
そして、期待どおりにできなかったからといって、あなたが責められるいわれは全くありません。
何が何でも向けられた期待に応えなくてはと、病気になるまで無理をしてまでがんばる必要はないのです。
期待に応えようとがんばりすぎた結果、あなたがうつ病になったとしても、その責任を相手がとってくれるわけではないのですから。

(過度の期待は心に百害あって一利なし!)
『期待』の良し悪しは『押し付けの心があるかどうか』に大きく左右されます。
自分の期待に応えられなかったからと怒って相手を責めたり、または責められたりするのは間違った期待の仕方。
何度もいいますが期待に応えるかどうかを選ぶのは期待された本人であり、応えることは義務ではないのです。
一方的に期待し、それが叶わなかった時に落ち込む必要もありませんし、もしくは応えられない自分を責める必要もないのですが、うつになりやすい人はその匙加減が過剰すぎることがあるようです。
過度の『期待』はあなたの心に裏切られた、自分をないがしろにされたという怒りや悲しみをもたらし、もしくは義務でないものがいつの間にか義務のように感じられ、プレッシャーの重圧として圧し掛かってきます。
あなたのその『期待』、ちょっと止めてみませんか?
他人はあくまで他人であり、そもそも自分の思い通りにはならないもの。また、あなたは誰かの期待通りの行動を必ずしもとる必要はなく、期待をかけた張本人はあなたの人生に何の責任も取れません。
期待しすぎるから傷つき、または期待に応えようとがんばりすぎるから心が壊れる。
過度の『期待』はする方される方、双方の心を疲れさせます。

(他人に対しては『かもしれない』くらいで丁度いい)
では、適度な期待ってどのようなものなんでしょうか。
もしも車の免許を持っていらしたら、車を運転する時の心構えとして『だろう運転』と『かもしれない運転』の話を聞いたことがあるかと思います。
『だろう運転』とは、相手に期待する運転のこと。車が来たら歩行者は避けてくれるだろう、対向車の陰には誰もいないだろう、このように自分に都合よい期待が前提となった運転で、大事故のもととなる危険なものです。
これは運転に限らず人生においても同じこと。
都合のよい期待はかならずしも叶えられるとは限りませんし、一方的にされた期待に無理して応えて自分が事故を起こしては本末転倒。
心を壊すという人生の大事故を起こさないためには、『だろう』の期待よりも『かもしれない』不測の事態に備える心でいることが大切です。
前述の『かもしれない運転』とは、対向車が不測の事態を起こして突っ込んでくるかもしれない、歩行者が道路側に転んでしまうかもしれない、といった『危険を予測して回避する』運転のこと。
これを期待の仕方に当てはめると、例えば『○○して欲しいけどしてくれないかもしれない』『そう言われてもできないかもしれない』といった、『叶わない可能性を前提とした』期待に変わります。
これなら相手に過度の期待をすることもなく、またがむしゃらに応えようとがんばりすぎることもなく、より心の安定が図れるようになりますね。

何事もほどほどが肝心。他人と関わりあう時に過剰すぎる感情は、お互いをただ疲れさせるだけなんですよ。

見逃さないで大事なサイン~自殺を食い止めるために注目すべきこと

うつ病の人が自殺を望む時、周囲が事前にそれを察することはできないのでしょうか?
突発的な感情に突き動かされた時は難しいですが、そうでない場合は注意深く見ていると、『あれ?』と思う行動が現れるもの。
『話してくれたらよかったのにどうして』『昨日までは元気だったのに……』そうなってしまう前に見極めるのに役立つ、自殺の兆候ともいえる患者の変化をいくつかあげてみたいと思います。

(急に落ち着きや明るさを取り戻す)
うつ病の人は普段落ち込みがちで、何もせずぼんやりしていることが多々あります。
ですが、特に何かあったわけでもないのに、不意に病気にかかる前のような落ち着きや明るさを取り戻し、『突然どうしたの!?』『もしかしていきなり治った?』と周囲に思わせるような時は要注意。
患者の心の中で人生の終着点が決まり、せめて最後くらいはとそのように振舞っている時があります。
それまでろくに動けなかったのに積極的に家事を手伝ったり、家族と会話したがる場合も同様のことが言えるでしょう。
『もうこれで最後だから』の覚悟が、いわゆる最後の力となって患者を動かすのです。

(家族や友人に対する唐突な『ありがとう』)
なんでもない会話の中で、うつ病の患者が突然告げる漠然とした『ありがとう』の言葉。
特別なにかしたわけでもないのに告げられるその言葉には、『今まで』ありがとう、の意味合いが隠されていることがあります。
それは、人生を終える決意をした人が最後に告げる感謝の心。
ここでもやはり『もう最後だから』という気持ちが見え隠れします。

(部屋の片付けや身の回りの整理をはじめる)
それまで毎日布団に篭っていた患者が、急に部屋の片付けや整理を始めた時も、注意深く見守っておいたほうがいいでしょう。
さらに『○○はここにあるから』などと具体的に家族に告げたり、極端に物を減らすような片付け方をしている場合、いわゆる『身辺整理』の可能性もあります。
片付けだけでなく、患者が個人でしている携帯電話やインターネットなどの契約を解約するような行為にも、気をつけておいてください。
うつ病の患者には真面目な人が多く、計画的に自殺を考えた時にできるだけ身近な人に手間をかけさせないようにと、そのような形で身辺整理をすることが多々あります。
また、その際これまで大事にしていたものを理由もなく周囲の人に譲るといった、形見分けのような行動をすることもあり、覚悟の大きさを推し量ることができます。

(思わず漏れる『遠くへ行きたい』)
それまで比較的いつも通りに話していたのに、ふと視線を遠くへやって『どこか遠くに行きたい』などの言葉が出た場合、人生への極端な失望を感じ、自殺の気持ちが高まっている可能性があります。
一般的にもストレスが溜まった時などに、遠くへ旅行へ行きたい気持ちになって、パンフレットなど見てしまうことはありますが、うつ病患者の『遠くに行きたい』は『この世界でないどこか遠くへ行きたい』のことが多いです。
場合によってははっきりと『死にたい』という言葉が出ることもありますが、前者は比喩的な言い方だけに一見わかりづらく、より注意が必要となります。

(気をつけておきたい『微笑みうつ病』)
ところで、うつ病の中には『微笑みうつ病』と呼ばれるものがあります。
本来はつらいのになんでもない振りをして無理やり笑顔を作り、一見病気ではないように見えるうつ病です。
笑って『大丈夫大丈夫』と言いながら始終どことなくつらそうにしている……そんな時は『微笑みうつ病』の可能性があります。
笑顔の下で本人は大変つらい思いをしており、周囲の人にはわかりにくいぶん、症状が重症化することも。
そしてこの『微笑みうつ病』の人は限界ぎりぎりのところまで笑顔でいようとするため、昨日までは普通にしてたのに突然自殺してしまった……ということを引き起こしかねない危険があります。
それを防ぐには、本当に心からの笑顔なのか、人目のないところでは動けなくなったり、表情がなくなっていないかなど、患者本人の様子を普段から細かく見ておくことが重要になってきます。

自殺のサインを見極めるのは難しく、サインの発し方も人によって違うもの。
まず接触し、よく話を聞いて本人の心を把握すること。患者と常に対話することが、何よりその命を救うことに繋がっていくでしょう。

『死にたいよりも、本当は……』心の闇、死にたい気持ちの向こう側

自殺――それはうつ病の果ての結末として最悪の事態。
しかし近年の日本では、毎年三万人超の方が自ら命を絶つ決断を下してしまう現実があります。
その選択にたどり着くには想像を絶する心の苦しみがありますが、『死にたい』気持ちには一般の人の想像とはまた違った一面があります。
死にたい気持ちの向こう側にあるもの、今日はそれを自分の経験からお話したいと思います。

(死にたいよりも、そっと消えたい)
死にたい気持ち、いわゆる希死念慮が出始めたばかりの頃は、自分の死が周囲に及ぼす影響について、考えることがままあります。
もしも死んでしまったら家族に迷惑かな、死んだら私はどうなるのかな……などと、内容は具体的なことから漠然としたことまで様々ですが、この時はまだ、はっきりと死にたい訳ではありません。
むしろこの時に思うのは、『死にたい』よりも『消えてしまいたい』。
人魚姫が海の泡になったように、指先から溶けて存在ごとなくなってしまいたい、初めからいなかったことにして欲しい……そんな非現実的な願望が根底にあります。
むしろ誰かが自分の代わりにこの人生を生きてくれるならそれでも構わないと望むことも。
とにかく、自分という存在をなかったことにして消えてしまいたい。この願望が、『死にたい』気持ちの向こう側。始まりはここからで、むしろ本当の願いはこれであるとも言えるでしょう。

(方法がないから、それを選ぶ)
ぼんやりした消えたい願望は次第に強固なものとなりますが、具体的な方法を模索するうち、それが現実には不可能だと気がついてしまいます。
事実、一度生まれてしまった以上、泡になってそっと消えるなんてできないこと。
それを自覚して代わりの方法を求めた時に、心の奥に『自殺』という選択肢が浮かび上がるのです。
『消えられないなら、死ぬしかない』……そんな思いつめた心が次第に大きくなり、そのまま何の光明も見出せないまま時が過ぎて、ある時沸き起こった突発的な衝動で……などということに。
または他に方法がないならばと死を心に決め、その準備のためだけに日々を生き、人知れず準備が整ったらそっと死を選んでいく人もいます。

(死ぬことすらできない無気力な生も)
自殺を望んでも行動に移すだけのエネルギーがもはや残っていない……そんな人も中にはいます。
死ぬ気力はない、でもこれ以上生きていく気力もなく、ぼんやりと一日をやり過ごしていくだけの毎日。
まさに体は生きていても心は死んでしまった『生きた屍』状態で、それが長いこと続くと心は完全に壊れてしまいます。
ただ心臓が動いているから生きている。そんな状態の人の心がどういうふうか、想像できますか?
奥底では『死にたい、消えたい』と絶叫しながら、その方法すらもはやわからず、心から血を流しながら生きていくのはまさに地獄で、うつ病よりももっとひどい状態へと陥っていきます。
そうなる前に周囲の理解と早急な治療が必要なのですが、そうなってしまう人は限界までつらさを外に出さず、一人きりで我慢しがちなので、気付かれるのが遅れがちになってしまいます。
そしてそこから立ち直るのは、容易なことではありません。

(行為のショックよりも、追及すべきは『何故』)
実は『自殺』というのは当事者にとって手段のひとつにすぎません。
注目すべきは自殺という行為そのものよりも『何故それを選んでしまったのか』、これに尽きると思います。
この『何故』の部分が、本人にとって極限のストレス要因と深く関わっていることは確かであり、そこを発見して駆逐することこそが自殺を食い止める手立てとなったはずです。
なぜなら死は、ある意味『最大限の逃避』だから。
ですがここで勘違いしないでください。『自殺=逃げ』ではなく、本人にとっては『永遠の休養』に近いものがあります。
人が生き物である以上、最後はみな等しく死が訪れ、人生は終わります。
ですが心が追い詰められている時は、永遠に終わりなんてないような感じがしてしまい、このつらさからずっとずっと、気の遠くなるような未来の先まで解放されないのではと思いつめてしまいます。
つらい現実に心がぼろぼろになり、もうそろそろ休みたい、だけど明日はやってきてしまう……そんな時ふと、考えるのです。『いっそこの心臓が止まってしまったら』と。
だからこそ、着目すべきは『原因』となりえるストレス要因なのです。それを解決できれば、死という選択をする必要はないのですから。

うつ病は『心の風邪』? 患者を軽く見るのは重症化への第一歩!

うつ病のことをよく『心の風邪』と言いますよね。
誰でもかかる可能性のある、心の病気としては入り口のような、どことなく軽いイメージ。
でも待ってください、あなたは『風邪は万病のもと』という言葉を聞いたことありませんか?
今日は、『うつは心の風邪』に秘められたもう一つの深い意味について、考えて頂けたらと思います。

(心の風邪は心の万病のもと!)
風邪に例えられると、なんだかそれほど深刻に考えなくてもいい、しばらく治療したら誰でも治るような、そんな気持ちになってきますよね。
患者やその家族の方が、そうやって前向きに病気と向き合うことは、確かにとても大切なこと。
ですがそこで病気そのものを軽く見て放置してしまうと、病気を悪化させる一方になってしまいます。
風邪が悪化するとどうなりますか? 肺炎になって人によっては入院することさえも……。
心の病気だってそれと同じこと。初期の段階で治療できれば復帰も早くできますが、悪化して心が奈落の底の底まで落ちるほど疲弊してしまうと、うつ病に伴う症状もそのぶん多く出てしまいますし、治療や社会復帰にもそれだけ時間がかかってしまうんです。
早めに正しく治療をすれば『心の風邪』で済みますが、放置しておくと『心の万病のもと』になってしまうのがうつ病です。
『前向きにとらえる』ことと『軽く考える』ことは全く別物。そこを間違ってはいけません。

(放っておけば死に至る……うつ病の本当の怖さ)
うつ病は場合によっては死に直結する病気であると、あなたは知っていますか?
何故体が悪いのではないのに、いきなり死に直結してしまうの?と思った方、よく考えてみてください。
日本では近年、年間三万人近くもの方が、自らの手で死ぬことを選んでいます。
そう、うつ病の果ての最悪の結末として待っているもの……それは『自殺』。
人は複雑な心を持つが故、その心次第で自ら命を断つことのできる生き物です。これはとても重大なこと。
なぜならうつ病はその複雑な心を疲れさせ、正常な判断能力すらも奪ってしまう病気だからです。
人が正常な判断能力を失ってしまったら、果たしてどうなるでしょう。突発的な衝動で……という可能性が、格段に上がってしまいます。
うつ病の怖さはここにあります。動くのも億劫で、布団から出ることすら面倒に感じる患者が、突然『このまま生きててもしょうがないな、死のう』と思って行動してしまうことだって、十分ありえるのです。
そんな病気に『誰でもかかるかもしれない』って、とても軽く考えられるようなことではないと思いませんか?
不必要に恐れることはありませんが、放置すれば深刻な事態を招くものだと、改めて知っておくことはとても大切です。

(うつ病患者の抱える混沌)
うつ病のはっきりした原因や『うつ病である』と判定する科学的な方法は、まだまだ研究段階です。
それに、最近やっとうつ病がどんなものか広く認知され始めてきましたが、その一方で『怠けてるだけじゃないか』という偏見も完全には消え去っていません。
また、仕事をしながらうつ病を治療したい人に対する企業側のサポート体制も整っていないのが現状です。
うつ病の患者には、病気となった原因のストレス以外に、病気になってしまったが故に抱えるストレスがあります。
仕事を続けられるだろうか、職場に、家族に病気のことを打ち明けても大丈夫だろうか、もう仕事を続けられそうにないけど生活はどうなってしまうだろうか、いつになったら治るのだろうか……。
これらの新たに抱えたストレスは病気である以上解決しないため、患者は不安を抱えたまま治療をすることになります。
ストレスがかかりすぎてボッキリ折れてしまった心を、別のストレスを抱え込みながら治していくわけです。
これが患者本人にとってどんなに大変なことであるか想像できますか?
彼らが抱える泥のような混沌は、決して軽いものではないのです。

(できることならこうありたい理想)
社会のしくみが整っていないことへのストレスや偏見の目が、患者にとってどれだけ治療の妨げになるか、そこまで考えて患者と接することのできる人は、うつ病の経験者か医療関係者でないと難しいのではと思います。
ですから、ほんの少しでいいのです。患者にあなたの優しさを。
必死に病気と戦う人を笑わず、見下さず、罵らない優しさを、どうかうつ病の患者にも持って頂けないでしょうか。
難しいことではありません。『うつ病も病気である』という認識ひとつで、患者との接し方は大きく変わるはずです。
そして患者自身は、決して事態を深刻に考えすぎず、『いつか必ず治る風邪のようなものだ』と病気を前向きに受け入れて、治療に専念していくことがとても大切だと、そう思います。

これは危険!どうしても避けておきたいストレス解消法とは

ストレス解消の方法といえば人によって実に色々ですね。
ですがうつ病など心に問題を抱える人は、やらないほうがいいこと、慎重になったほうがいい解消法というものがあります。
方法を間違うと別の病気を併発したり、人間関係にひびが入って回復が遅れてしまうことも……。
今回はそんなNG行為をあげてみましょう。

(依存性の高い行為はまずNG!)
ストレス解消のために、買い物やギャンブルをする人もいるでしょう。
ですがこれは人によってはとても危険な方法。
依存性が高く、特にお金のかかる行為は自己管理のきっちりできる人でないと、自分や家族の生活を破壊してしまいかねません。
心の病を抱えている最中は、自己管理の箍が外れやすかったり、自己管理そのものが難しいことが多いですから、これはまず避けておきたい方法です。
『買い物依存症』や『ギャンブル依存症』なんて言葉、聞いたことはありませんか?
ストレス解消でやっていたはずのことがいつの間にか『依存症』という『病的なまでにやらずにいられない行為』となってしまっては、治療することが余計に増えるばかりです。
どうしてもストレス解消としてそれらをやりたい人は、きちんと管理できる人についてもらって、適切な範囲でやってくださいね。

(決して自分を傷つけない)
あなたは『自傷』という言葉を聞いたことがありますか?
自傷というのは文字どおり、自分で自分を傷つけること。リストカットや自分の髪の毛を抜く行為など、場合によっては過食もそれに含まれるでしょう。
そんなことでストレス解消する人がいるの!?と思う方もいるでしょうが、事実、苦しさから逃れるためにそういういった行為をする、心に問題を抱えた方はたくさんいます。
しかし自分を傷つける行為は、他人に迷惑をかけていないから、自分の体だからという歪んだ安心感によって常習化しやすく、大変危険なことです。
リストカットで自分を傷つけることに慣れ、自殺衝動が起きたときに抵抗感なくその行為を行ってしまったり、同じ場所の髪の毛を抜き続けてそこだけ毛が生えてこなくなったり、過食を続けて糖尿病になったり……。
そんな恐ろしいことになる前に、自傷行為をしてしまう時はまず医師などに相談してください。
自傷行為は、本人はもちろんのこと、それを見ている家族にとっても大変つらい行為です。

(人に話をする時は慎重になろう)
そのつもりはなくても、自分のストレスを解消するために誰かに負担をかけすぎていませんか?
例えば、話を聞いて欲しさに相手の都合も考えず、夜中に何度も電話をしてしまったり。
家族や友人との対話はとても大切なことですが、度を越した行為は相手に負担をかけ、場合によってはそれがきっかけで疎遠になったり信用を失ってしまうこともあります。
話をしたい時は必ず事前に相手の都合を確かめてからにしたほうが、親身にスムーズに話を聞いてもらえ、その後の関係が悪化したりもしないでしょう。
あなただって何かに負担をかけられて、こんなに憂鬱な気持ちになっているはず。
その辛さを知っているなら、自分が加害者になることは避けておきたいものですね。
また、話す相手を選ぶことも実はとても大切なこと。
普段口に出してなくても、世間にはうつや心の問題に対して偏った考えを持っている人は、残念なことにまだまだたくさんいます。
家族だから、友達だからといって、必ず心の病気を理解してくれるとは限りません。
ストレス解消したかったのに逆に傷ついてしまった……なんてことを防ぐためにも、病気のことを話す前に『うつ病の人ってどう思う?』などとそれとなく聞いてみましょう。
相手が心の病気にどんな考えを持っているのか、事前に知った上で話すほうが賢明です。

(上手にストレス解消するにはどうしたらいいの?)
ストレス解消をするために、何かに寄りかかりすぎたり、何かを傷つけてしまったりしても、それは根本的な解決ではなく、その場しのぎのごまかしにすぎません。
逆にそれで別の病気を併発してしまったり、余計心に負荷をかけてしまったり、大切なものを失ってしまうことさえも。
そうならないためにはまず、自分にはどんな方法が合っているのかを知ることが大切です。
何かに熱中しがちな人がギャンブルをすると大変なことになってしまうでしょうし、人と話すのが苦手な人が誰かと会話を楽しむことは難しいでしょうからね。
うつ病の人には散歩や軽い運動などが向いていますが、外出が難しい重症者の場合、自宅でひたすら紙を破ったり、布団叩きをしたりなどいいかもしれません。
自分も他人も壊すことなく、賢く上手にストレス解消していくこと。それが大切です。

うつなあなたにも今すぐできる!超簡単なイライラ不安解消法!

落ち込み、イライラ……うつ病になる以前から、『ストレス解消したほうがいいよ』と言われてもどうしていいのかわからない、そんな方っていませんか?
ストレス解消には体を動かしたり趣味を楽しんだり、様々な方法がありますが、うつ病の人は動くのも億劫だったり、これまで楽しめていたことが楽しくなくなってしまったりで、そうした行為はなかなか難しいのが現状だったりしますよね。
今回は、そんなあなたにも今すぐできる、超簡単なストレス解消の方法をこっそりお教えします。

(用意するものは筆記用具とごみ箱、ただそれだけ!)
まず、筆記用具を用意します。
紙はチラシの裏でも、使い終わったティッシュの箱を解体してひっくり返しても、ノートの切れ端でも、いらない白紙なら何だって構いません。たくさん書けるよう、広めのほうがいいかもしれませんね。
書くものは選んだ紙にあわせて、鉛筆でもマジックでもボールペンでも好きなもので大丈夫。
ゴミ箱は普段あなたが使っているものをそのままそばに持ってきておきましょう。

(そしてひたすら書く!書く!書く!)
準備できたら、あとは用意した紙にひたすらひたすら、自分の心の不安や不満を書き殴っていきましょう!
最初の一文字を書き始めるのは難しいかもしれませんが、ただひとことぽつりと『むかつく』など、単純な言葉でもいいので書いてみてください。
小さなきっかけの言葉がつくれたらあとは気持ちが溢れてくるはず。
同じ言葉や文字の繰り返しでも構いません。
自分の嫌なこと、不安なことを心の上に浮かべながら『もうやだ、もうやだ』と羅列していくだけでも、具体的な内容を書いても、とにかくあなたの心のままに。
大切なのは『自分にとってストレスになっているもの』を『吐き出す』ように勢いだけで書き殴ること。
気が済むまでいくらでも書いてください。ただ無心に、我を忘れたようになっても、目の前の紙が真っ黒になっても、あなたが『もういいや』と思えるまで書き続けましょう。

(吐き出したものはビリビリにしてポイしよう!)
気が済むまで書き殴ったら、あなたの目の前にはその残骸があるはずです。
ここからがとても大事。書き終わったその紙を、今度は気が済むまで手でビリビリに破っていきます。
この時、はさみやカッターなどを使わず、必ず自分の手だけで破りましょう。
好きなだけ破ってしまったら、あとはごみ箱にポイっと捨てるだけ。
どうですか? 破っている最中やごみ箱に捨てた瞬間、胸の中のドロドロがすっきりしたように感じませんでしたか?

(手書きに不慣れなあなたはパソコンでも!)
これだけパソコンや携帯電話が普及した今では、手書きは不慣れで……という方もきっといるでしょう。
そんなあなたはパソコンでやっても大丈夫。
紙のかわりにメモ帳など文字の書けるソフトを立ち上げ、そこにひたすら文字を打ち込んでいくだけ。
変換がおかしくなろうが知ったことじゃない、という気持ちでただただ心のままにキーボードを叩いて心の中を吐き出して下さい。
気が済むまでそうしたら、すべての文字を選択してデリートボタンで消去一発!
この時、マウスではなくショートカットで一気に全て選択して消したほうが効果があります。
ここでうっかりファイルを保存してはいけません。あなたの心にストレスを保存してしまうことになりますからね。

(どうしてこんなことでストレス解消できるの?)
ところで何故、こんな単純な行為でストレス解消できるのでしょう。
それは、これが自分の中のストレスを文字というわかりやすい形で目の前に出して、それを自分で破壊して、捨てる行為だからです。
ストレスの原因を思い浮かべながらその気持ちを文字にすることで、自分の心のイライラや不安と、その原因の因果関係をはっきり自覚し、その上で吐き出してわかりやすい形で捨てていく。
簡単に言うと、自分の部屋の押入れからいらないものを自分で出して、ごみ箱に入れるのと同じこと。
はさみやカッターを使わないで手で破るのは、間接的な道具をはさむと『自分で壊せた』爽快感が半減するのと、人によってはそのまま自傷などの行為に走ってしまうことを予防するためです。
自分はそんなことはしないと思っても、心に負担がかかっているときは、どんなきっかけでそうした行為に走ってしまうかわかりませんからね。

書いて、壊して、捨てるだけ。
誰にも迷惑はかけないし、誰かを傷つけることもない。
ストレス解消するために危険な行為は避けておきたいですし、複雑なことに取り組むとかえってストレスが溜まってしまうことも。
単純明快で安全なこの方法は、どんな方にもオススメできるストレス解消法です!

『うつで食欲がない……』そんな時こそ『コレ』を食べよう!

うつ病になると人によっては極度な食欲不振に陥り、食事をすることが面倒だったり、空腹感自体を感じなくなったりします。
だからといって何も食べずにいては体が衰弱するばかり。
せめて何か簡単に栄養補給ができないものかと思っても、いわゆる栄養補助食品は意外とお金がかかりますし、サプリメントはうつ病の薬と相性が悪いことも。
そこで、なかなか食事ができない時ににとっても役立つ身近な食べ物をご紹介しますね。

(手軽に、お安く食べられる『コレ』を食べよう!)
うつ病の人にオススメしたい食べ物、それはずばり『バナナ』です!
横に寝たまま素手で皮をむき、すぐに食べられてある程度の満腹感が得られるバナナは、寝たきりのうつ病の人でも手軽に摂れる食べ物として非常に優秀です。
寝たまま食べるなんて行儀が悪い!と思われる方もいるでしょうが、辛いときは本当に体が動いてくれないのがうつ病で、本人は食事をする意思があっても気力がそれについていかず、起きられない……なんてことはよくあること。
うつ病の人にとって『横になったまま』『簡単に』食べられることはとても大事です。
おまけに一本の量も食べきりサイズでお手ごろ、値段も安くお財布にも優しい食べ物。
気軽に買えるので、できたら常にあるようにしておきたいですね。

(実はとっても高栄養!)
手軽で入手も簡単なバナナですが、あの黄色い果実には想像以上にたくさんの栄養が含まれています。
エネルギーの元になる糖質をはじめ、マグネシウムやカリウムなどのミネラル分、ビタミンB群など、生きていくために必要な栄養素がぎゅっと凝縮された果物。
本来なら様々な種類の食材から栄養を摂るのが理想的でしょうが、思うように食事のできないうつ病の人にとって、これほど生きていくための手助けになる食べ物はなかなかありません。
またカリウムは余分な塩分を体外に出す働きがあり、血圧を下げる効果も期待できます。
薬によっては血圧が上がりがちになるものもあるので、その対策としてもよいと言えるでしょう。

(バナナに秘められた対うつ病の必須物質)
うつ病の人にバナナがオススメなのには、もう少し深い理由があります。
人の脳内には『セロトニン』という物質があるのですが、セロトニンは心の安定と深い関わりがあり、セロトニンが多いと精神が安定し、逆に不足するとうつ状態など心が不安定になってしまいます。
ということは、うつ病患者の脳内でセロトニンが増えれば心の安定をより図りやすくなるのです。
実際抗うつ剤には、セロトニンをより多く脳内に残しておくはたらきがあります。
ではこのセロトニン、食べることで栄養として体内に取り入れられないか……というと、残念ながらそれはできません。
セロトニンは摂取された物質を基に体内で合成されるものなので、食べることはできないのです。
ですがセロトニンの原料になる物質ならば、食べ物から取り入れることができます。
その物質とは『トリプトファン』という必須アミノ酸。
実はバナナにはこのトリプトファンと、セロトニンを合成するのに必要なビタミンB6やマグネシウムが同時に含まれており、『セロトニン製造セット』とも言える食べ物なのです。
うつ病の人にバナナがオススメな一番の理由はここにあり、セロトニン生成の材料をこれひとつで纏めて取ることができるため、大変便利です。

(王道の組み合わせには理由があった!)
バナナとの組み合わせで王道なのが『バナナと牛乳』ですよね。
実はこれにも『何故王道なのか』という理由がちゃんとあるのです。
バナナに多く含まれるセロトニンの原料『トリプトファン』は、そもそも牛乳から発見された必須アミノ酸。
そう、牛乳はバナナ以上にトリプトファンをたくさん含んでいるのですよ。
さらに皆さんご存知のように、牛乳にはカルシウムもたくさん含まれてますので、バナナと一緒に摂取すると、基本的な栄養素のほとんどをこの組み合わせでカバーできてしまいます。
少し余裕があるようなら、バナナのお供に牛乳を添えてみるのはいかがでしょう。
食事をする余裕はないけど……という時には重宝しますし、セロトニン生成の面から見てもより良い組み合わせですので、とってもオススメなんですよ。

食べ物から必要な成分を摂取するのは、生き物として基本中の基本。
栄養価の高いバナナは、うつ病の人でなくとも是非積極的に食べていきたい果物ですね。

『最近頭が悪くなった気がする……』うつで起こる『健忘』って?

うつ病になってから頭が回らない、物覚えがひどく悪くなった気がする、最近のことなのに思い出せない……そんなことを感じる方、それは気のせいではないかもしれませんよ?
実際にうつの症状のひとつとして、『健忘』と呼ばれる記憶障害を経験する患者は決して少なくありません。
それは年齢に関係なく、うつ病の患者誰にでも起こりうることです。
だからこそ、健忘とはどんなものか、是非知っておきましょう。

(ただの物忘れじゃない、健忘とは)
健忘とは簡単に言えば『病的な物忘れ』のことです。
一般的な物忘れでは、後で不意に思い出したりよくよく考えた末に思い出すこともありますが、健忘の場合、記憶が抜け落ちるように忘れてしまうため、なかなか思い出すことができなかったり、そもそも全く記憶になかったりします。
忘れてしまう事柄は、『昨日食べたもの』『職場の出来事』『読んだ本の内容』といった、経験や場所に基づくものや知識など、いわゆる『頭で覚える』と言われる記憶で、心理学などでは『宣言的記憶』と呼ばれるものです。
対照的に箸の使い方や自転車の乗り方など、体で覚える技術的な記憶に関して忘れることはほとんどありません。
頭で覚える記憶と体で覚える記憶は、それぞれ脳の別々の場所で管理されていると言われており、同じ『記憶』でも覚えに差が出るのはこのためだと思われます。
健忘とは一般的に、頭で覚える『宣言的記憶』を病的に忘れてしまう症状のことを指します。

(日常生活が不便になる健忘の症状)
では、具体的に『健忘』が起こるとどうなってしまうのでしょうか。
健忘の症状は古い記憶ほど忘れるような『記憶の風化』ではないため、ほんのついさっきの出来事すら忘れてしまうことがあります。
『○○をやっといて』と言われて了承しても、その数分後には頭の中から完全に飛んでしまうなんてことも。
それが積み重なると、健常な人から『この人に言っても返事だけしてやってくれない、信用ならない』などと評価されてしまい、特に仕事などに大きな支障を来たすことになります。
また、過去の一部分の記憶が抜け落ちたように思い出せないこともあるため、例えば面接などで前の職場や学校でのことを聞かれてもぱっと回答できなかったり、薬を飲んだかどうか思い出せなくて二重に服用してしまったり……。
記憶障害は日常生活のあらゆる面であなたに不利に働き、また思い出せないことによるイライラやストレスでうつ状態がより悪化してしまうこともゼロではありません。
健忘とは非常にやっかいで、困った症状なのです。

(どうして起こるの、どうすれば治るの?)
健忘そのもは、外科的な理由でも起こりえますが、強いストレスやうつ病によって引き起こされることもあり、理由は様々です。
うつ病が原因で起こる場合、ストレスが脳の機能を低下させる、脳への刺激が少なくなり脳内で使わない部位が増えてしまうからなど、様々な説もあります。
また一部の睡眠薬は、服用してから寝付くまでの間、もしくは途中で目覚めた時に起こした行動の記憶が飛んでしまう形で、健忘を引き起こすことがあります。
どうすれば治るのかと言われれば、うつ病が原因である場合にはうつ病そのものを治すしかありません。
睡眠薬が原因の場合は、薬を飲んだらすぐに布団に入ったり、他の薬に変更して様子を見ることが必要になってくるでしょう。
ただし、睡眠薬は通院初期から処方されることが多いため、うつ病が原因なのか特定の睡眠薬が原因なのかは、なかなかわかりづらいもの。
医師と相談しながら少しずつ治療する中で、徐々に改善されていくのを待つことになるやもしれません。

(忘れる前に記録しよう)
では『健忘』と上手に付き合っていくにはどうしたら良いのでしょう。答えはずばり『メモ魔』になること。
目立つ場所や手元に手帳を用意し、些細なことでも人からの頼まれごとや今後の予定など、大切な事柄は詳細をメモに残しておくと、いざ忘れてしまってもそれを見返せば済む話です。
また、今日やることや直近の約束事は、自分が毎日必ず見る場所にメモを貼り付けておくと、そこに目線をやるたびに意識することができます。
せっかくメモを残した手帳や紙を行方不明にしてしまっては意味がないので、手帳を置く場所やメモをはる場所は必ず一定の場所に決めておくことも大切です。

(脳に適度な刺激を与えよう)
毎日をぼんやり過ごしていると、健常な人でも曜日の感覚がなくなってくるなどすることがあります。
うつ病で脳の機能が落ちている時は、ただでさえ活発に動くことができず、そうした傾向が顕著に現れてくるもの。
そこで、うつだからといってやる気の起きないままに布団に閉じこもるだけではなく、調子のいい時にはできるだけ布団から出て、脳に適度な刺激を与えましょう。
窓の外の景色を見たり、外出できそうなら近所を散歩してみるのもいいですね。
体や手先を動かすことはよい刺激になるので、できるだけ動かすようにしてみてください。
ただし、自分の体調と相談しながらやりましょう。無理は禁物です。

非常にやっかいな症状、『健忘』。
忘れてしまう自分をあまり悲観せず、これも病気の一部であると心に決めて、上手にやり過ごしていくことが大切です。